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| 第 6 回 〜 アメリカで味わった喜びと哀しみ 〜 (1/4) | ||
| “世界最高のプレーヤー”としての重圧を一身に受けながら 2度目のW杯である94年アメリカ大会に臨んだロビー。 “サッカー未開の地”でロビーを待っていたものは 人々の想像をはるかに超えた“悲劇”だった……。 インタビュー●高橋在 interview by Ari TAKAHASHI 写真●赤木真二、高橋在、マウリツィオ・ボルサーリ photo by Shinji AKAGI/Ari TAKAHASHI/Maurizio BORSARI | |
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W杯には常に“落とし穴”がある ということもわかっていた。 アメリカ大会も例外ではない、とね そして、1994年の夏、アメリカW杯を迎える。 君にとっては2度目のW杯。初めてのW杯の時と比べてどんな心境だった? 何か変わったことはあったかい? ロベルト・バッジョ(以下R) ―― 責任感が増していたということかな。前年に世界で最高の賞を獲得しているだけに、責任感が重圧となっていた。“ヨーロッパ最優秀選手”、“世界最優秀プレーヤー”、“UEFAカップ優勝”、“イタリアをそのゴールでアメリカに導いた男”……これらすべての名声をアメリカの地で立証することを期待されていたんだ。責任感が大きく膨らみ過ぎて、何をするにも難しくなっていた。良しにつけ悪しきにつけ、責任感は増大していったんだ。 でも、「今回はできる。前回を上回る戦いができる」と自分に言い聞かせていたんだろう? R ―― 口で言うのは簡単さ。できればいいな、と願っていたよ。チームは悪くなかった。いや、すごく良いチームだった。地区予選でも良い戦いをしたし、チームとしてまとまりもあった。要するに、最高のW杯にするための条件は揃っていたということさ。でも、W杯には常に“落とし穴”があるということもわかっていた。アメリカ大会も例外ではない、とね。 大会前、サッキにどんな印象を持っていたの? R ―― 彼と僕は常に同じ関係だった。すなわち、僕はプレーヤーで、彼は監督だということ。僕は僕自身のためにも、チームのためにも、もちろん彼のためにも、ベストを尽くそうとしたさ。すべてが連動していたと思うんだ。 ところが、予選リーグ2試合目のノルウェー戦、最終的には1−0で勝ったゲームだけど、その試合で事件が起こった。 パリウーカが退場になり、サッキは君を下げてアポッローニをピッチに送り出した。その時、君は、「この監督は健全な精神状態ではない」と口にした……。 R ―― あれは自然に出た言葉だった。 今でもあのような状況になれば同じことを言うと思うよ。
R ―― 「コイツ狂っているよ」と言ったんだ。彼の戦術云々ということではないんだ。前日に彼が僕に話したことと違うから、そう言ったんだよ。 前日に何を話したの? R ―― 特別なことじゃないよ。でも、これは彼と僕だけの話にしておくよ。僕らは初戦でアイルランドに負けていたんだ。だからノルウェー戦での勝利がどうしても必要だった。それでゲーム前日、サッキが僕に“そのこと”を言ったんだよ。それが、試合開始4分後に交代だろう? だから、あんな言葉が出てしまったのさ。 相当頭に来たんだね? R ―― そうだよ。でも、くり返し言うけど、交代自体に怒ったんじゃないよ。GKが退場になった時、FWを1枚下げて守備を固めるのは当然の策だからね。ゲームの前日に僕に言ったことと正反対なことをしたから腹が立ったんだ。 サッキの取った戦術に関しては納得できるんだね? R ―― 戦術には100%納得しているよ。 前日の話に関しては、納得できなかった? R ―― 全然、納得できなかったよ。 |
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