回 〜 アメリカで味わった喜びと哀しみ 〜 (4/4)
僕が言いたいのは、
“勝利者”というのは
心が“勝利者”である人のことなんだ

君はショックに打ちひしがれることなく、94−95シーズンに入っていった。
そのシーズン、監督にリッピが就任した。
君は8ゴールを挙げたけど、出場はわずか17試合。
いったい、何があったの?

R ―― 膝をやっちゃったんだ。
また膝を負傷して手術を受けたんだよ。時間を無駄にしてしまった。

その頃、デル・ピエロが脚光を浴び始めたんだよね?

R ―― 彼が僕のポジションでプレーしたんだ。

いずれにしても、このシーズン、ユーヴェはスクデットを手にした。

R ―― スクデットも獲ったし、コッパイタリアでも優勝した。
でも、UEFAカップの決勝では負けたんだ。

君にとっては初めてのスクデットだったんだろう?

R ―― そうだよ。初めてのスクデットだった。出場試合数は少なかったけど、それでも貴重なゴールを決めたつもりさ。それに、チームメイトにも多くのゴールを決めさせたつもりだよ。アシストの喜びを知ったシーズンでもあったね。


バッジョ自身は膝のケガもあって万全ではなかったが、ユーヴェは見事にスクデットを獲得した

リッピについて聞きたいのだけど。
まずはリッピの長所から。   

R ―― 当時のリッピの長所は、その情熱と成功への強い欲望だった。彼にとっては、ビッグクラブの監督をするのはあの時が初めてだったんだ。ビッグクラブで指揮を執るということで燃えていたと思うよ。まあ、それが彼の美徳であったとも言えるかな。そして選手にも恵まれた。あの時、ユーヴェの選手はみんな成功を夢見ていたんだ。勝利に飢えていたんだよ。そんな選手たちがいたからこそ、強いチームを作りあげることができたんだ。

あえて欠点とは言わないが、リッピの弱点と言うべきものは?

R ―― あのシーズンは、UEFAカップの決勝で負けた以外、すべてのタイトルを手にしたんだ。最高のシーズンを実現した監督の欠点を挙げろというのは難しいことだよ。監督に欠点はなかったし、チームにも欠点はなかったね。

リッピは君の目から見て、“勝利者”と言えるだろうか?

R ―― “勝利者”という言葉の意味にもよるな。体と体でぶつかり合うような競技では、何ができるかということで勝ち負けが決まると思うんだ。勝てば“勝利者”、負ければ……いや、よくわからないな。“勝利者”という言葉を定義づけることは難しいよ。ただ、サッカーの世界では、監督はあくまで、選手の数(選手層)や質に左右されると思うんだ。目標を持ったチーム、または、テクニックのある選手を豊富に揃えたチーム、あるいは、強い精神力を持った選手が多いチームの監督になれば、ゲームに勝つことはできるだろう。

監督だけでは何もできない、ということだね?

R ―― 例えば、今の監督(マッツォーネ・ブレッシャ監督)は偉大な人間だし、偉大な監督でもある。僕にとって、彼は“勝利者”なんだ。でも、彼は何のタイトルも手にしていない。なぜだかわかるかい? 彼はセリエA残留を目的に戦うチームの監督しかしていないからだよ。

それでも、彼は人間としては“勝利者”なんだね?

R ―― ユーヴェの監督として、あるいは、ミランの監督をしてゲームに勝っているからといって、“勝利者”と言えるものではないよ。すでに勝てるチームが存在していたのだから。

“勝利者”というのは要するに内面的なことを意味するのかな?

R ―― まさにそのとおりだよ。僕が言いたいのは、“勝利者”というのは心が“勝利者”である人のことなんだ。すなわち、常にポジティブであり、重要な理念を他人に伝えることができる人こそ“勝利者”だと思うんだ。本質とは違うことを、あたかも本質であるかのように他人に伝えることが巧みな人間を“勝利者”とは呼べないんだよ。

第7回へ続く
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