回 〜 新天地での挑戦 ミラン、ボローニャ時代 〜 (3/4)
町は美しいし、人々は最高だよ。
ボローニャは僕にとって
最高の思い出となった

当時のボローニャの監督ウリヴィエリともうまくいかなかったみたいだね。98年1月18日のボローニャvsユーヴェ戦、ウリヴィエリは君をスタメンから外した。君は怒って、合宿所から出て行ってしまったと言われているが、実際のところはどうだったの?

R ―― チームメイトや監督に僕が迷惑をかけているイメージがかたまってしまっているんだ。だから誤解が生まれるんだよ。そして誤解から問題が生ずるんだ。僕に嫉妬する人や、同じチームなのに僕を敵と見なす人とはどうしても衝突してしまうんだよ。これは僕がサッカーを続ける限りついて回る問題さ。僕は情熱に燃えてボローニャに行ったんだ。会長も僕を高く評価してくれていたし、僕もボローニャでプレーすることをすごく楽しみにしていたんだ。だが、監督はそうは思っていなかった。僕のボローニャ入りに関して、「彼が来たらセリエB落ちだな」とすら言ったんだよ。彼としては僕がボローニャでプレーすることで、長年かけて彼が築き上げた名声がかすんでしまうことを恐れていたんだろうね。そして、結局は僕の意思にかかわらず、実際にそうなってしまったんだ。でも、僕にはそんな気は全然なかった。ただ、時として思うのは、何らかの形で迷惑をかけてしまっていることはあるかもしれない。ともかく、誤解はそういう状況で生まれるんだ。

君の何が周囲にそういう感情を持たせるのか、君自身、考えてみたことはないの?

R ―― よくわからないな。僕は自分自身のことはわかっているつもりだよ。TVに出演したり、人前で話したり、人目につくような行動をすることが好きじゃない。要するに他人に嫌な気分にさせるようなことはしていないと思うんだ。もし、僕がそういう“でしゃばり”なタイプの人間だったら、周囲が苛立つのは当たり前さ。でも僕はそれとは正反対な人間なんだ。でも、それがかえって周囲に嫉妬心を与えてしまうのかもしれない。周囲の嫉妬心で人間関係がおかしくなってしまうんだ。それ以前にウリヴィエリとケンカしたわけでもないし、もちろん、チームメイトとも何もなかった。でも、ウリヴィエリとの関係は時が経過するにつれ悪化していったんだ。

とても愛される人間は、愛される一方で、理由もなく他人に憎まれるということかな。

R ―― そうだね。でも、僕のことをよく知らない人がそう思うのは仕方ないけど、毎日一緒に練習したり、僕の行動や言動に接している人がそんな風に思うなんて心外だよ。それでも、実際にそういうことが起こってしまったんだ、そういった理由によってね。他に理由なんて見当たらないさ。

ボローニャで再び輝きを放ったバッジョは、アッズーリ復帰を果たすことになる
ただ、ボローニャでの1シーズン、バッジョは完全に蘇った。30試合に出場して22ゴールを記録。まさに“バッジョの爆発”といったところだね。ボローニャの何が君を復活させたのかな? ボローニャの人々の温かさ? それとも何か他の要因かい?

R ―― すべてさ。町は美しいし、人々は最高だよ。ボローニャは僕にとって最高の思い出となった。練習も十分にできていたから、試合に向けての体調は完璧だった。ビッグクラブでは「常に自分の最高のものを見せなくてはならない」というようなプレッシャーがあったが、ボローニャにはそんなものはなかった。「俺たちだって人間だ。調子の良い時もあれば、悪い時もある」という気分でいられたんだ。小さな町には、小さな町なりの夢がある。だが、少なくとも、常に最高のプレーをしなくてはいけないなんてプレッシャーはなかった。ミスを許してもらえるということでずいぶん楽になれたよ。
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