あの夜の事件後、
僕は心を入れ替えたんだ。

エリベルト、まずは“あの夜”の出来事から話を始めようか?

エリベルト(以下) ―― あの夜、僕はビールを少し飲んだだけなんだ。

本当にそれだけだった?

 ―― わかったよ……。正直に白状するよ(笑)。実は、あの日は友人の誕生日でね。友人を祝う席で、ビール以外にシャンパンも飲んだ。その後、カパンニーナに行って、またビールを飲んだんだ。

ということは、かなりの量のお酒を飲んでいたってことだよね?

 ―― そういうことになるかな。だって、頭がはっきりしている人間なら、道路を車で逆走したりはしないはずだからね。

つまり、言い訳のできない事故だったってことかい?

 ―― そうだね。ただ運も悪かったんだよ。あの時、僕が運転する車の前をバスが走っていて前方が良く見えなくて、さらに霧も出ていて視界が悪かったんだ。カラビニエーリ(憲兵)の車に気づいた時には、「時すでに遅し」って感じだった。

あの事件以来、君はずっと非難の的にされてきた。

 ―― でも、事件後、僕は心を入れ替えたんだ。今でもディスコは好きだけど頻繁に行ったりはしてない。今はチームが勝った日曜の夜しか行かないことに決めたからね。でも、事件が起こった直後は、僕だけがディスコに通っているみたいに書かれてた。新聞に事故の様子を描いたイラストが掲載されたことも影響してたかもね。真実とは全く違う僕のイメージだけが独り歩きしてた。

その後、ボローニャのスタジアムでは、君へのブーイングがやまなかったよね。グイドリン監督も、「あの雰囲気の中で君を出場させることは不可能だった」と言っていたけど?

 ―― 決して、僕を出場させることは不可能じゃなかったと思うよ。グイドリン監督が僕を信じてくれていたなら、勇気を持って起用してくれていたはずさ。ブーイングって言ったって、観客の全員がしていたわけじゃなかった。確かにトリブーナ(スタンド席)のティフォージはしていたように感じたけど、クルヴァからは聞こえてこなかったよ。

トリブーナのティフォージって、かつてガッゾーニ・フラスカーラ会長が“閣下たち”と呼んでいた、プライドが高くて鼻持ちならない人たちのことだよね?

 ―― そうそう、まさに彼らのことだよ(笑)。

彼らのことは好きじゃなかったんだ?

 ―― 僕がUEFAカップのガラタサライ戦(99−00シーズン)でシュートミスをした後、彼らは僕を徹底的に非難した。確かに僕はシュートミスをしたけれど、チームが負けたのは決して僕だけのせいじゃなかった。それなのに悪者にされたのは僕だけだったんだ。ボローニャの町の人は普段、僕を助けてくれるし、すごく親切で“ポジティブな人”が多いんだけど、それがスタジアムに来ると、僕を罵倒するんだから不思議だよ。グイドリン監督にしたって変だった。彼は僕をトップ下で使おうとしてたんだよ。僕はそれまで一度もトップ下でプレーしたことがなかったのに。

ボローニャからキエーヴォに戦いの場を移したエリベルトは見事な再生を遂げた
ボローニャでは苦い経験をしたんだね。
実際、当時は敵と味方ではどちらのほうが多かったんだい?

 ―― グイドリン監督のように、僕を信頼してくれなかった人もいた。でも、ガッゾーニ会長やチンクイーニGMのように僕を応援してくれる人もいたんだ。チンクイーニも僕と同様にボローニャから不当に追い出された一人さ。彼がカルチョメルカートで失敗したことなんて一度もなかった。僕を獲得したことだって間違いじゃなかったはずさ。今にボローニャは彼を手放したことを後悔する時が来ると思うよ。

でも最初、グイドリン監督は君を「最高の補強だ」と言っていたよ。

 ―― それは彼がチンクイーニの機嫌を取ろうと思って言っただけのことさ。
決して本心じゃなかったはずだよ。

どうしてそう思うんだい?

 ―― それは僕のことをまるで子供扱いしていたからさ。僕と喋る時は、いつも面倒くさそうにしてたし、空返事ばかりだった。練習中に少しでも笑ったり、ふざけたりしようものなら、それで終わりって感じだった。
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