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ダリオ、いつもそんな風だと成功が君の手から去ってしまうこともあるんじゃないの? フブナー(以下H) ―― どうかな。とにかく、パッサレーラではみんなが俺を普通の人と同じように扱ってくれる。それが本当にうれしいんだ。俺がカルチョより農業について話すほうが好きなこともみんなわかってくれているしね。俺にとって、あそこでの生活は最高だよ。確かに俺はセリエAのプレーヤーになった。でもパッサレーラの人間にとっては、ペルゴクレーマでプレーしていた時のフブナーと何ら変わりはないんだよ。 例えば、ポリネシア諸島なんかに興味はないかい? H ―― バカンスのことかい?全くないね。他のサッカー選手は、そういうところが好きみたいだけど、俺は全然興味がないな。ここ14年間はいつも、ファーノのクリダ海岸でバカンスを過ごしているんだ。ビーチパラソルを借りて、友人たちと1カ月間ずっと一緒に過ごすんだ。ファーノでプレーしていた頃からの習慣でね。今でもずっとそうしているんだ。 もしサッカーボールに出合っていなかったら、君の人生はいったいどんなものになっていたのかな?
全く信じられないことだよね。 H ―― 何がだい? いや、今やヨーロッパで有数のゴールゲッターである君に当時は誰も興味を示さなかったってことがだよ。 H ―― そんなこと、俺にとって全然問題じゃないよ。ムッジァでのサッカーは俺にとって最高の楽しみだったからね。アウェーの遠征では、いつもチームメイトの車で目的の場所まで向かったよ。ゲームが終わると、帰りにみんなでピッツェリーアに寄ってピザを食べるんだ。あの時はそれが俺の人生だと思っていたし、それはそれですごく幸せだったよ。 それからは? H ―― それから、運命のいたずらがあったんだ。俺はその後、本当は兵役に就く予定だった。でも、人員超過の第100条に引っかかって兵役を免除されたんだ。もし、俺がもう1年遅く生まれて兵役に就いていたら、プロ選手になれなかったかもしれないんだよ。 それはどういうことだい? H ―― ちょうどその直後に、トレヴィーゾからキャンプに参加しないかという誘いがあったんだ。兵役の義務がなかったから、それに参加できたんだよ。それから、ピエヴィジーナとの練習試合の最中に、今度は相手チームのフロントから誘われ、トレヴィーゾもすぐに俺をレンタルに出すことを決めた。それで、俺は初めて自分の家を離れてピエヴィジーナに行くことになったんだ。カテゴリーは相変わらずセミプロのインテルレジョナーレ(地域リーグ)だったけどね。 その後は? H ―― 次のシーズンには、俺のピエヴィジーナへの正式な移籍が決まった。当時のトレヴィーゾは経済的にあまりにも苦しかったからね。そうこうしているうちに、俺を獲ってくれたピエヴィジーナのGMがペルゴクレーマに移ることになった。それで今度は彼と一緒にセリエC2のペルゴクレーマに移籍することになった。 それが、君にとって大きな転機となったわけだね。 サッカー人生だけでなく、君の人生そのものにおいても。 H ―― そう、妻のローザと知り合ったのもあそこだったからね。それに、ペルゴクレーマでは良い友だちに恵まれた。彼らとは今でもよく会うんだよ。俺は電話が好きなタイプじゃない。だから、元チームメイトに電話することなんてめったにないんだ。ブレッシャで一緒だったフィリッピーニ兄弟なんかにはたまに電話するけど、その他の友だちとは対戦した時に少し挨拶するぐらいでね。でも、やっぱりペルゴクレーマの仲間には時々電話で話すんだよ。彼らは俺にとって最も大切な友だちなんだ。 |
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