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クラブ経営は行き詰まり、カルチョメルカートは停滞している。 それから連盟内部での無意味な対立……海外に住む君の目にイタリアサッカーの現状はどう映っているのかな? ゾラ(以下Z) ―― 確かに、ひどい時期だと言えるよね。特に昨シーズンは、カルチョの危機を僕自身も感じていた。イタリアサッカーは80年代の株式市場みたいだった。膨らみすぎて、ついに爆発してしまった、ということさ。僕の代理人(フルヴィオ・マルッコ)からもクラブの経営難については詳しく聞いている。今が最悪の状況であることは間違いないみたいだね。 「行き着くところまで行ったほうが良い」という人もいる。 Z ―― それは間違ってるよ。自暴自棄になるのは無意味なことさ。それより、将来のために、今抱えている問題を直視して改善すべきだと思う。組織を立て直し、正しいルールを植え付けることが必要なんだよ。 君の言うとおりだよ。 イタリアサッカーは、ヨーロッパの舞台では負け続け、今や、“カルチョの栄光”なんて過去の話だからね。 Z ―― イングランドから見ていると、確かにカルチョは90年代の輝きを失っているように感じられる。カルチョ不振の最大の原因は、テクニックの欠如、ゲームのクオリティーの低下にあると思うんだ。だとすると、当然、ファンの興味も薄れていくはずさ。“カルチョ”は、どこかが脱線してしまったような印象だね。 “カルチョ”は何をすべきなのだろうか? Z ―― それは僕が考えることではないよ。でも、ある意味、わかりやすい現象ではないかな。要するに、カルチョは一気に膨張しすぎたのさ。通常のリズムをはるかに上回るスピードでね。 どんな時にそう感じる? Z ―― 例えば、日曜日の夜さ。イタリアのTVでは色々なサッカー番組をやっているだろう。そこには、いつも論争があり、悪意が充満している。それに、モヴィオラ(リプレー)さ。モヴィオラのすべてが論争のタネになっているんだ。あれは本来のサッカーの姿ではないと思う。“サッカーの解剖学”とでも言えるのかな。例えば、イングランドでは、モヴィオラを流してオフサイドかどうか、ファウルかどうかなんて論争はしない。モヴィオラ自体、流すことだって少ないんじゃないかな。 ビスカルディ(討論番組の司会者)のような人は? Z ―― いやしないよ。 何かスクープされることは? Z ―― 何もないよ。ゲームをして自宅に戻る。6日間練習して7日目にまたゲームさ。その間、「イエローカードを出すべきだった」とか「あれはレフェリーのミスだ」なんて論争は全くないんだ。何日か前、イタリアの友人が「レフェリーのジャッジは討論番組に不可欠だ」と言っていた。そう、イタリアはレフェリーについての論議をやめることができないのさ。 |
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