イングランドでは、その日、誰がレフェリーだったかということすら知らない場合が多いんだってね? Z ―― マスメディアもそんなことに興味がないんだよ。もちろん、ファンも気にしてないさ。イタリアは全く逆だよね。プレー自体はあまり話題にならないけど、“添え物”の部分が話題になりがちなのさ。そうそう、ジャンニ・ムーラ(ジャーナリスト)がうまいことを言っていたな。 どんな? Z ―― 「サッカーはプレーするもの。話のネタにするものではない」ってね。イタリアのサッカーは、この言葉に逆行している感じがするよ。 特効薬はあるかな? Z ―― イタリアでプレーする選手たちも、アドリブの利いたプレーと楽しませるプレーをすべきだと思う。戦術が幅を利かせてはいけないんだよ。間違いを恐れるようなプレーが多くては面白くないだろう? 例えば、もっと果敢にドリブルを仕掛けるべきなんだ。果敢なプレーこそ、選手がファンに対して果たす唯一の契約なのさ。果敢なプレーに挑むのなら、たとえ失敗してもファンは認めてくれるはずだし、ブーイングなんて起こるはずがないよ。 戦術重視のサッカーの弊害は何かあるかな? Z ―― 戦術至上主義のために、才能を持つ多くの選手がベンチでゲームを“観戦”しているという現実さ。ルイ・コスタなんてその典型的な例だと思うよ。イングランドではタレントを守ってくれる。イタリアで埋もれているタレントに言ってあげたいよ。「イングランドではより良い生活が待っている」ってね。
イタリアサッカーが後退した原因として、監督が占める割合はどのくらいかな? Z ―― イタリアの監督はもっと観客に気を配るべきだと思う。「勝利のために」なんて言い訳は聞きたくないな。負けた時もそうさ。すぐにレフェリーのせいにしたり、プレー以外の敗因を口にする。フェアではないよ。 ただ、ゲームの勝敗にレフェリーの判定が大きな影響を及ぼすという現実もある。 Z ―― イタリアでは、トーレスみたいな小さなクラブでもプレーしたし、スクデットを争うようなチームでもプレーした。マラドーナがいた頃のナポリでもね。確かにレフェリーのジャッジにばらつきがあったとは思う。もちろん、レフェリーの判定で負けたゲームもあった。でも、判定のおかげで勝ったゲームも相当あったんだ。終始不利なジャッジだったとか、終始有利だったとか、そういうことはなかった。トータルしてみれば、結局、強いチームがタイトルを手にすることになるんだよ。 強いチームとは、例えばどのチームかな? Z ―― サッキが率いていた頃のミランさ。強かった。腹立たしいほど強かったよ。ベオグラードでのゲームを覚えているだろう(88年チャンピオンズカップ、対レッドスター戦)。あの試合で、レフェリーはミランのゴールを1本無効にした。それでも、ミランは圧倒的にゲームを進め、そして翌年カップを手にした。本当に強いチームとはそういうものなんだよ。 確かに、あの時代のイタリアサッカーは輝いていた……。 Z ―― シンプルに考え、シンプルにプレーしていただけさ。今はそれがなくなっただけなんだよ。みんながサッカーを難しく考えすぎているんだ。「シンプルであることが、より天才的だ」ということが忘れられているんじゃないかな。 |
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