ファビオ、何度も聞かれただろうけど、もう一度聞いてもいいかい? 君にとって2002年W杯はどんな思い出として残っているのかな?
でも、少なくとも一つくらいは良い思い出があっただろう? C ―― もちろん。特に日本で過ごした数週間は最高の思い出となっているよ。熱狂的だけど、教育が行き届いている日本のファンに囲まれて最高の日々を過ごせた。彼らのためにも日本に戻りたかった。日本で決勝戦を戦うためにね。それが、韓国からイタリアに直接帰国することになってしまって、すごく残念だったよ。でも、イタリアが負けても日本のファンは以前と変わらぬ愛情を示してくれる。僕のオフィシャルサイトには毎日、日本からたくさんのメールが届いていて、みんなが僕を応援してくれている。日本のファンは、僕を友だちと見なしてくれているんだ。うれしいことだよね。僕も彼らを真の友だちだと思っているよ。 W杯が終わって、パルマと別れを告げることになった。 だが、交渉はすごく長引いた。 嫌な気分だったよね? C ―― 今はハッピーだよ。確かに、8月の上旬はずっと不安定な状況が続いていたから気分は良くなかった。自分の行き先がわからないほど不安なことはないからね。それが、引退間際の選手なら別だろうけど、肉体的にも精神的にも最高の時期にある選手に仕事場が見つからないというのは酷なことだよ。僕にとっても、パルマにとっても不愉快な時期だったね。 パルマに言いたいことは? C ―― 僕を放出したからって、パルマには何の恨みもないよ。これは本当さ。僕はナポリで生まれ育った。そしてパルマでさらに成長することができたんだ。パルマでの7シーズン、クラブは僕にとても良くしてくれた。パルマと共に数多くの素晴らしい瞬間を味わったよ。「プロヴィンチャにスクデットを」なんて夢も、もうちょっとで実現するところまで行った。タンツィ・ファミリーとは今でも仲良くさせてもらっている。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもないことさ。 昨シーズンが終了した時点で、君は他のチームに移るということを決めていたね。だが、カルチョメルカートの中で、君は“捕虜”のようになってしまった。 C ―― 確かに僕自身、捕虜になったような気分だった。何か僕の手に負えない巨大なものが、僕を牢屋に閉じ込めているような気がした。メルカートには金が不足していたんだ。昨夏に比較すると、全チームが“買い控え”をする傾向にあったからね。そんな中、タンツィは僕の売値を下げてまで、僕にインテル行きのチャンスをくれたんだ。 君はパルマを去った。 その結果、パルマのスクデット獲得の夢は途絶えたとも言えないかな? C ―― 確かにパルマはスクデットへの野望を抱いていた。ブッフォン、テュラム、クレスポ、ベロンなど数多くのカンピオーネを擁していたのだから、スクデットを獲ってもおかしくはなかったと思う。ただ、現実は違った。僕らはパルマの一時代を切り開いたかもしれないけど、時代を作り上げるまでには至らなかったんだ。僕のインテル行きでパルマの一時代は終わったのかもしれない。だけど終わるということは、新たな時代が始まるということだからね。パルマの若手が、新たな時代を作り上げてくれると確信しているよ。 生まれ変わったパルマで、ナカタはどうなるのだろう? C ―― ヒデにとって、楽なシーズンになるとは思えないな。チームが若いということと、ヒデの能力を活かすことができる選手が少ないということでね。ヒデ自身、「2年前のパルマとは違うということを認識しなくてはならないだろう」と言っていた。ただ、人間的にもプロのサッカー選手としても素晴らしい彼のような選手には、障害を克服して、チーム内で確固たるポジションを築き上げてほしいと思っているんだ。彼にはそれだけの価値があるからね。W杯でのプレーが、改めて彼の能力の高さを証明しただろう? くり返すけど、ヒデにとって今シーズンは厳しいシーズンになると思う。ただ、タンツィのヒデへの信頼は厚い。タンツィの信頼がある限り、ヒデには大きな希望があるということだよ。 |
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