インタビュー・文●ジャンニ・ヴィズナーディ
Interview and text by Gianni VISNADI
写真●高橋 在、グエリン・スポルティーヴォ
Photo by Ari TAKAHASHI/GUERIN SPORTIVO
彼はW杯で主役を演じることを夢見ていた。そして多くの者が、彼がW杯の主役を演じると信じて疑わなかった。しかし、夢と希望のすべてがエクアドル戦の数日後、“煙”となって消え失せた。筋肉の異常(肉離れ)が原因で、すべてが幻想となって消え失せてしまったのである。彼の肉離れは決して重度のものではなかった。サッカー選手なら、ごく当たり前に抱えている程度のケガだった。ちょっと無理すればプレーできる、その程度のケガだった。だが、軽い肉離れであっても、ピッポから代表のレギュラーポジションを奪うには十分だった。リーグ終盤戦の快調ぶりに水を差すには十分だった。昨シーズン、ピッポは右膝側副じん帯の損傷という大ケガから見事に蘇生した。大手術と長いリハビリ期間を経て、シーズン終盤にゴールを連発し、ミランを4位に導いた。セリエA4位、つまりチャンピオンズリーグ出場権は、まさにピッポのゴールによって“もたらされた”ものなのである。チャンピオンズリーグ――ミランにとっては、勝手知ったる世界であり、ヨーロッパに存在価値を示す最高の舞台である。そしてピッポにとっては、ある意味、見知らぬ世界であり、だからこそ、タイトル奪取に熱く燃えるのかもしれない。

昨年の6月、イタリア代表は不本意な成績に終わってしまった。イタリア国民はW杯で味わった落胆を未だに忘れることができないでいる。半年が経過した今でも、多くのイタリア人が、モレーノ主審に批判を浴びせている。さらに多くのイタリア人が、ジョヴァンニ・トラパットーニのW杯における采配に対し、未だに不満をぶちまけているのだ。「トラパットーニがピッポとアレックスをもっと信頼していれば、イタリアのW杯は違ったものになっていただろう」と口にしているのである。

時は流れる。W杯は過去のものだ。東洋からの絵葉書を目にするのはもう終わりにするべきである。幸いにして、スポーツの世界では、リベンジのチャンスはすぐに巡ってくる。ピッポにとって日韓W杯のリベンジはチャンピオンズリーグなのかもしれない。彼はW杯での屈辱をバネに、今シーズン、カンピオナートで、そして、ヨーロッパの舞台で、ゴールを量産している。幸か不幸か、チーム内のライバルと目されるシェフチェンコが、ケガにより3カ月ほど戦列を離れている間、スーペルピッポは爆発した。彼にとってW杯のリベンジはチャンピオンズリーグを制覇すること。そして、2003年の12月には、日韓W杯の決勝の場となった横浜国際で世界ナンバーワンクラブの座を賭けて、トヨタカップを争うことなのだ。
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