アエビ以降、イタリアには続々と偉大なオリウンドたちが誕生した。W杯で初優勝した34年イタリア大会のメンバーには、ムーモ・オルシ、モンティ、デ・マリアらアルゼンチン勢や、グアイータ、グアリーニらブラジル出身のオリウンドたちが含まれていたし、その後もシボリ、アンジェリッロ、リボナーティ、ソルマーニ、アルタフィーニなど偉大な南米生まれのオリウンドたちが生まれている。かつての国際ルールでは、他国の代表チームでプレーした選手が、その後、違う国の代表選手としてプレーすることも可能だったのである。
だが近年では、一度でも他国の代表チーム(ユース代表も含む)のユニフォームに袖を通してしまうと、もう他のナショナルチームではプレーできないことになっている。それに伴い、70年代を境にオリウンドの数は激減し、80年代以降は非常に希有な存在になってしまった。そして、イタリア人のオリウンドへの考え方も大きく変化した。カモラネーシのアッズーリ入りに否定的な声が上がるのも、イタリア人の考え方が変わった何よりの証拠である。
カモラネーシの祖父母は、バジリカータ州のポテンザ・ピチェーナの出身であった(余談だが、アルゼンチン出身の元テニスプレーヤー、ガブリエラ・サバティーニの祖母もこの町の出身)。カモラネーシ自身は、1976年10月4日にアルゼンチンのブエノス・アイレスの南約400キロのところにある、タンディルという街で生まれた。プロとしてのキャリアは、アルゼンチンからスタートした。95年にアルゼンチンリーグ2部のアルドシービに入団。だが、アルドシービでは全く出場機会が与えられず、翌年、メキシコのサントスに移籍。そこで、かつてトリノでプレーし、現在は代理人・スカウト業をしているエルナンデスに見出された。
3シーズン後、エルナンデスは、FIFA公認の代理人であるセルジョ・フォルトゥナートと組み、彼をヴェローナに売り込んだ。そして、カモラネーシはヴェローナでの2年間の実績が認められ、今シーズンからユヴェントスの一員としてプレーしている。現在は、右サイドのMFとしてチームに不可欠な存在にまで成長し、今年2月、ジェノヴァでのポルトガル戦に向けたイタリア代表メンバーに招集されたのだ。 |