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バローニオ(以下B) ―― うん、99−00シーズンが僕にとって最高のシーズンだったね。レッジョ・カラーブリアでは本当に良い環境の中でサッカーをすることができた。当時のレッジーナには、チームの選手全員が実力を100パーセント出し切れる環境があったんだ。クラブ側からの僕への期待や監督からの信頼もひしひしと感じていたしね。他にも、僕にとって好都合なことが次々と起こった。その結果、多くの貴重な経験を得ることができたんだ。 その後、君はスクデットを獲ったばかりのラツィオに移籍する。しかし、そのシーズンのラツィオは、ローマに優勝をさらわれてしまった。昨シーズンはフィオレンティーナでプレーし、今度はチームのセリエB降格と倒産を経験した。2チームとも名門だし、選んだチームは悪くはなかったよね。ただ、移籍したタイミングに少々、問題があったという感じかな。 B ―― 確かにね。でも、ラツィオでは良い思い出をたくさん作ったよ。チャンピオンズリーグでも数試合プレーできたし。それと、フィレンツェでの生活もまずまずだった。出番も与えられていたしね。とにかく、フィオレンティーナの消滅は、僕にとっても本当に残念なことだった。 フィオレンティーナで君を獲得しようとしたのは、他ならぬマンチーニ監督だった。ただ、今シーズンのラツィオでは彼とソリが合わなかったようだね。それはどうしてなんだい? B ―― ソリが合わなかったなんてことはないよ。ペルージャ行きは、2人で話し合って決めたことなんだ。キャンプの後、マンチーニは僕らを集めてこう言ったんだ。「私のラツィオには序列もないし、えこ贔屓もない。その時点で最も調子の良い者を起用していくつもりだ」とね。彼のそういう考え方自体は好きだった。だけど僕は、レッジョで得たような経験にすごく魅力を感じていた。移籍の話が来た時、直感的にこう思ったんだ。「ペルージャへ行けば、責任のあるポジションを任せてもらえる」ってね。それでレンタル移籍の話を受け入れたんだ。ところが……。 そこには、観客席で試合を観戦する日々が待っていたってわけか。ベンチに入って試合に出場しても、今度はクラブの上層部から「疫病神」呼ばわりされたり……。まさに君にとっては、君の背番号と同じ“ナンバー13のシーズン”(不運なシーズン)となってしまっている。まったく、気の毒な話だね。 B ―― まったくこんな話、カルチョの歴史の中でも、あまり前例のないことだと思うよ。でも、このことについてはあまり触れたくないんだ。この半年は、本当にすべてがうまくいかなかったという感じかな。 いや、そのことに触れないわけにはいかないだろう。君が起用されない本当の理由は何なの? コズミ監督との確執? B ―― 僕と監督との間には、何のいざこざもないよ。むしろ、彼には感謝しなければいけないくらいなんだ。僕とペルージャを再び結びつけてくれたのは他ならぬ彼なんだからね。この話をすると、みんなが「おかしい」と言う。友人たちを納得させるのはいつも大変なんだ。でも実際、僕と監督の関係は決して悪くないんだ。 じゃあ、なぜ君はプレーできないのかな? B ―― ガウッチ会長との間に起こった“いざこざ”の後、やはり何かが“変わってしまった”気はするけどね。ただ、ロッカールームでの問題は一切ないんだ。それだけは声を大にして言いたい。今シーズンで一番良かったことは、今のチームメートと出会えたことだ。彼らはいつも僕のそばにいて支えてくれる。特にルームメートのパリウーカは親友なんだ。彼らとの友情こそ、今の僕にとっては大事なことなんだ。だから僕は、自分は間違っていないと思っている。もし、僕が本当に“ストロンツォ”(大バカ野郎)だったら、彼らがこれほど僕を支持してくれることはあり得ないだろうから。 1月にはレッジーナへの復帰話もあったよね? B ―― そうだね。実はほぼ決まっていたんだ。ただペルージャとレッジーナの間に問題があって、白紙に戻ったんだよ。といっても、ペルージャに残ることには何の問題もなかった。クラブ側とのわだかまりももうないしね。 今の君を悩ませていることは? B ―― 特別にはないけど、良いプレーをしているのに、悪く書かれるとやっぱり腹が立つよね。ただ、今の僕は黙って日々の練習をこなしていくしかないんだ。 |
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