インタビュー・文●ジャンカルロ・ミリオーラ
Interview and text by Giancarlo MIGLIOLA

写真●グエリン・スポルティーヴォ

Photo by GUERIN SPORTIVO
 2000年夏、彼はレッジーナをチーム創設以来初のセリエA残留に導き、その後一足飛びにカルチョ界の階段を駆け上がっていった。U-21代表としてはU-21EURO2000で優勝。その後、A代表にも招集され、シドニー・オリンピックにもU-23代表の主力として参加した(ベスト8進出)。中盤の支配者として、将来を嘱望されていたロベルト・バローニオ、その彼が、2003年の冬に、レナート・クーリの観客席からゲームを眺めているなどと、誰が予想できただろう。
 第15節のユーヴェ戦で、彼を投入した直後にカモラネーシの決勝ゴールが生まれた。それ以来、彼はガウッチ会長から「不幸を運ぶ鳥」として扱われているのだ。そんな不運な境遇に置かれようとは、3年前には誰も想像できなかった。

 現在ペルージャで背番号13を背負うバローニオ。かつて将来を嘱望されていたこの25歳のプレーヤーに、この3年間でいったい何が起こったのか? 納得のいく説明を見つけることは難しいかもしれない。特に、今ペルージャで彼に起こっていることは、彼自身にとっても信じられないことばかりのはずだ。

 彼は言う。「今かい? 僕の今までのサッカー人生の中でも、決してハッピーな時じゃないね。当然さ。とにかくピッチに立つことさえできないんだからね。今シーズン、僕がピッチに立ったのは本当に数回だけなんだよ」
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