ラツィオを離れる時が
一番辛い時期だった

ベッペ、君は今年の2月17日で35歳を迎えたわけだけど、ようやく“真実”を語れる歳になったという感じかな?

シニョーリ(以下S) ―― そうだね。以前と少し違うことが言えるようになったのは確かだろうね。でも、まだ話すことのできない“真実”もあるんだ。それは、ユニフォームを脱いだ時に明らかにするよ。僕はこれまで2冊の自伝を出したけど、現役を退いた時に3冊目を書くつもりなんだ。

もしも、その真実が明らかになったら、多くの人がうろたえるのかな?

S ――
そういう類の話じゃないよ。ただ、現場を離れることで、僕自身の考えを整理できるんじゃないかと思っているんだ。失敗というのは、後になって気づくものだからね。

W杯アメリカ大会、予選全試合と決勝トーナメント1回戦まではFWとして先発出場している
例えば、どんな失敗?

S ―― W杯決勝の先発出場を断ってしまったことだよ。94年アメリカ大会の決勝で、サッキ監督が、僕を左のMFで使おうとしたんだけど、その時に「ノー」と言ってしまったんだ。僕は、大会前の93−94シーズンに23ゴールを挙げて、得点王のタイトルを手にしていたから、FWでの出場を望んでいた。W杯の決勝戦に出場できる、その重要さが、あの時にはわかっていなかったんだ。もし当時に戻れるなら、喜んで左のMFのポジションを受け入れるのに……。今でも後悔しているよ。

君は、結構多くの人と“やり合って”きたよね?

S ―― ケンカをした覚えはないよ。ただ、エリクソン監督と僕とでは、物の見方や考え方が明らかに違っていたんだ。彼の考える、チームの中での僕の役割が納得できなかったんだよ。僕にとって、それがラツィオを離れる最大の原因だった。僕のサッカー人生の中で、あの時が一番辛い時期だったな。

まだラツィオのことが忘れられないのかな?

S ―― 別にティフォージとやり合って、ラツィオを去ったわけじゃないからね。僕ぐらい、チームを去ったあともそのチームのことを愛している選手は、カルチョの長い歴史の中でも珍しいかもね。

そのラツィオからサンプドリアへの移籍の直前に、クラニョッティ前会長が突然考えを翻したこともあったよね?

S ―― 僕とラツィアーレの関係は、特別だったからね。だから、会長もやむを得ずそうしたんだと思う。それより、僕にとって忘れられないのは、ラツィオがスクデットを獲った日のことだよ。僕がすでにボローニャでプレーしていたにもかかわらず、ラツィアーレは僕の名前をはっきりとコーラスしてくれたんだ。僕はスクデットとは無縁だったけど、あの時のコーラスは、僕にとってスクデット以上の価値を持つものだったね。

ラツィオに在籍中、得点王を3回獲得。
しかし、スクデットを手にすることはできなかった
ユニフォームを脱ぐ前に、古巣(ラツィオ)に戻りたいとは思わないのかい?

S ―― うーん……おそらくボローニャに残ると思うよ。ここのほうが、妻や子供たちに快適な生活を保証できるからね。ボローニャでは、中心街に住めば日常生活に不便を感じることはほとんどないんだ。それでつい最近、中心街に家を買ったばかりなんだけどね。ローマでは郊外のオルジャータに住んでいたよ。もちろん、オルジャータも素晴らしいところさ。ただ、僕自身は中心街での生活のほうが好きなんだよね。
この世界で実績なんて全く関係ない。
今の実力がすべてだ

“カルチョの真実”の話に戻ろうか? 君にとって、正直な男と言うと?

S ―― やはり、ズデネク・ゼマンだね。彼から、僕は本当に多くのことを学んだんだ。ただ、“真実”を言う人は、多かれ少なかれ、損をするものさ。実際、彼もそうなってしまった。

つまり、カルチョ界には、嘘をつく人が多いということかな?

S ―― そう思うね。ただ、悪意で嘘をついている人は少ないよ。多くの人が、自分の地位を守るために仕方がなかったり、必要に迫られてそうしているんだろうね。残念ながら、嘘をついた人には、遅かれ早かれ、そのツケが回ってくるものだけどね。

ところで、カルチョ界で、いやでも受け入れなければならないことと言えば何なのかな?

S ―― この世界では、今の実力がすべてってことさ。それまで何試合プレーしたとか、そんなことは全然関係ないんだよ。例えば、僕がサンプドリアを戦力外になった時、最初はどこのクラブからもお呼びがかからなかったんだ。それまで、セリエAで120以上のゴールを挙げていたのに……。つまり、それまでの実績なんてものは、ここでは何の役にも立たないんだ。

サンプドリアでの経験は、あまり幸運なものとは言えなかったね。

S ―― 僕の人生の中でも最悪だったことの一つだね。今までそのことについて話したことはなかったんだけど、あの時の僕はヘルニアを抱えていて、振り向くことさえ辛い状態だったんだ。

当時は、あることないこといろんなことを言われたり、書かれたりしたよね。

S ―― 例えば、「シニョーリは飲みすぎ。プロ選手として失格だ」とかね。ただ、後でそれを書いた記者が誰だとか詮索はしなかったよ。もしそんなことをし始めたら、マスコミ恐怖症になって、それ以降のインタビューはすべて断ることになっていたはずだからね。

現在の君とマスコミの関係は、どうなんだい?

S ―― 何年か前までの僕は、月曜日の新聞に載る採点を結構気にするタイプでね。採点が気に入らないと、記者を呼びつけて議論したりしたもんだよ。でも、今は自分のプレーが良かったか悪かったかを客観的に判断できるようになったんだ。ただ、自分としては最悪のゲームをしたと思っているのに、7点をもらって驚くことはあるけどね。

そんな時はどうするの? もう呼びつけたりはしないのかな?

S ―― それはないよ。ただびっくりするだけだよ(笑)。
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