1年前、レオナルドは突然、現役復帰を宣言して世界中を驚かせた。当時33歳だった彼は、年金生活に入るにはまだ若すぎると思ったのだろう。戦友でもあるズヴォニミール・ボバンの現役引退試合でプレーした際、レオナルドは愛するミランのロッソネーロのシャツを再び身につける決心をしたのだ。ボバンの引退試合には、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールト、フランコ・バレージ、デヤン・サヴィチェヴィッチ、ジョージ・ウェア、ダニエレ・マッサーロ、パオロ・マルディーニといったスーパースターたちも駆けつけた。そこには、ミランの副会長アドリアーノ・ガッリアーニや、かつてのチームメートでもありミランの監督に就任することになっていたカルロ・アンチェロッティの姿もあった。ガッリアーニとアンチェロッティはレオナルドにミラン復帰を促し、レオナルドもそれを承諾したのである。
2001年6月にミランを退団したレオナルドは、母国ブラジルのフラメンゴで半年間プレーした後、プロのサッカー選手として育ててもらったサンパウロで3カ月間プレーし、それを最後に現役を退いていた。彼はブラジル国内の恵まれない子供たちに援助の手を伸べるための組織「ニーニョス・ジ・フーア」(道ばたの子供たちの意味)に関わっていたのだ。
しかし、ガッリアーニの誘いに応じたレオナルドは、ハードな練習を再開した。そして1カ月後、彼はコッパイタリアのピッチに上がった。彼はその試合でゴールを決め、選手としてもまだ十分に通用することを立証したのである。ロッカールームにおいても、彼の存在は特別だった。というのも、ミランのロッカールームではポルトガル語が頻繁に飛び交っていたからだ。リヴァウド、ジダ、セルジーニョ……イタリア語も堪能なレオナルドの語学力が選手同士のコミュニケーションを円滑にしたのだ。
しかし、忍び寄る肉体的な衰えは避けられなかった。レオナルドは今年の春、再び現役生活に別れを告げた。ただ、ミランに別れを告げたわけではない。役員としてチームに残ったのである。レオナルドに用意されたポジションとは、副会長のアシスタントと「ミラン基金」の事務局長であった。レオナルドに、今度は“世界のミラン”が誇るフロント哲学を学び取る絶好のチャンスが訪れたのだ。 |