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| インタビュー・文●マルコ・タロッツィ Interview
and text by Marco TAROZZI 写真●高橋 在、グエリン・スポルティーヴォ Photo by Ari TAKAHASHI/GUERIN SPORTIVO |
カルロ・マッツォーネは、1937年3月19日、ローマの中心部にあるトラステヴェレ地区に生まれた。プレーヤーとしてのマッツォーネは、主にセリエCを主戦場にしていたDFであった。選手としてのキャリアは、キャプテンを務めたアスコリで幕が閉じられている。 その後、指導者の道を歩み、キャリアのラストを飾ったアスコリで監督としてデビューした。彼はそこで、その後に続く輝かしいキャリアの最初の黄金期を経験する。71−72シーズンにチームをセリエCからBに昇格させると、73−74シーズンにはクラブ創設以来初のセリエAへと導いた。セリエA初采配は74年10月6日のナポリ戦。結果は1−3の敗戦デビューであった。 75−76シーズン、名門フィオレンティーナの監督に就任。初年度、マッツォーネはセリエA3位という好成績を残す。これは、彼の長い監督生活の中で最高の順位である。フィオレンティーナで3シーズン、カタンザーロで2シーズン指揮した後、81−82シーズンに再びアスコリに復帰。古巣をチームレコードのセリエA6位に導く。85−86シーズンからは、セリエBのボローニャを皮切りに、レッチェ、ぺスカーラ、カリアリと渡り歩いた。そして迎えた93−94シーズン、彼はついに故郷のチーム、ローマへとたどり着くのである。 愛するローマでの3シーズンは、決して楽なものではなかった。最高順位は5位(94−95、95−96シーズン)。もっとも、成績は今ひとつだったが、この間にマッツォーネは若き日のフランチェスコ・トッティを見出し、セリエAにデビューさせている。 その後も、カリアリ(96−97シーズン)、ボローニャ(98−99シーズン)とマッツォーネの旅は続く。特に、98−99シーズンのボローニャでの好采配は今でも語り草となっている。老将に率いられたボローニャは、インタートトを勝ち抜き、UEFAカップでも準決勝に進出したのだ。さらに、このシーズンのボローニャはコッパイタリアでも準決勝まで勝ち残っている。99−00シーズンのペルージャでは10位。00−01シーズンからはブレッシャに奇跡の3シーズン連続セリエA残留をもたらした。 そして今シーズン開幕直前、マッツォーネは電撃的にボローニャのベンチに返り咲くこととなった。ボローニャの監督に就任するのは今回が3度目であり、マッツォーネにとって、今シーズンは監督として迎える36度目のシーズンである。 |
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