本誌記事 WebCALCiO 2002
サブタイトル

もはや君は“ジェノヴァ人”になったといっても過言ではない。先日もある新聞のインタビューで、「できればサンプでユニフォームを脱ぎたい」と答えていたよね。

F―― クイント地区に家を買ったばかりなんだ。娘もジェノヴァの幼稚園に通いだしたしね。ジェノヴァは本当に素晴しい町だ。海はあるし、気候も温暖。冬でも薄手のジャンパーだけで十分なのがうれしいよね。それから、もちろん、サンプもあるし(笑)。

サンプはもはや、君の“第2の故郷”となったのかな?

F―― 入団当時は会長がまだマントヴァーニだった。その後、今のガッローネ政権になって……。ガッローネ会長はすごくまじめな人さ。彼は、第一に結果を求めるオーナーだ。それからGMのマロッタの手腕もすごい。今のサンプは良い仕事をするのに理想的な環境だよ。

監督のノヴェッリーノのことも忘れてはいけないよね。

F―― 正直、彼が監督に就任した1年目(2002−03シーズン)は大変だった。彼との間に誤解が生じたんだ。でも、それも今は完全に解消されている。彼のような強気な監督の下でやれることで、僕自身もすごく成長したのさ。

ユヴェントス戦、フィオレンティーナ戦での勝利で、チャンピオンズリーグ出場の夢が現実味を帯びてきていると言ってもいいのかい?

F―― 順位は極力気にしないようにしているんだ。謙虚な気持ちを忘れずにこれからもやっていくだけさ。インテルやローマといったスター軍団の逆襲もあるだろうしね。逆転負けした第18節のインテル戦(2−3)では、少なくとも彼らには決定的なチャンスが8回あった。一方、僕らにはそういうチャンスが1試合にせいぜい3回あるかないか。それでも、この結果を残せているのは、今の僕らが非常によくまとまったチームだからだよ。

前半戦の取りこぼしの原因は?

F―― 何だったのかな。開幕3連敗の後、僕らはロッカールームで話し合ったんだ。連敗の原因を探るために話し合ったのさ。

それが功を奏した。

F―― シーズン序盤、僕らはいつもの謙虚さを忘れていたことに気づいたんだ。昨シーズン、まずまずの成績を残せたことで、心にすきができたんだろうね。あの頃のチームには“マリーシア”も欠けていた。でも、あの時期があったからこそ今がある。そう思うんだ。

フラーキがいるから大丈夫?

F―― 初めにも言ったけど、僕はもうすぐ30歳になる。より落ち着きが増すはずさ。ジェノヴァの町にももっとなじむと思う。サンプではシーズン2けたゴールを記録することが当たり前になってきているしね。

最後の質問。ここまでカルチョを続けてきて分かったことは?

F―― ピッチ上での結果がすべてだということさ。もし、良いプレーをして勝ち点を積み重ねていれば、誰からも何も言われない。ただ、そうでなければ、あらゆる批判を受けなくてはならない。今、僕があの時のようにディスコに入り浸ったとしても、結果さえ残していれば誰からも何も言われないはずさ(笑)。

サンプドリアで02−03シーズンからコンビを組んでいたファビオ・バッザーニが、冬のメルカートでラツィオに移籍した。フラーキは早くも彼のことを懐かしんでいるという。「ピッチ上だけでなくプライベートでもファビオのことを懐かしく思うよ。大の仲良しだったんだ。彼は少々変わった男でね。見かけよりずっとシャイなんだよ。彼のことをよく知らない人間からすると、“生意気で傲慢なやつ”と見えるのかもしれないけど、実際の彼はすごく気のいい男なんだ。ファビオとの夕食はいつも楽しかったな。彼とプレーについて話をしたことはない。信じられないだろう? 僕と彼の連係は、ピッチ上で自然にできあがったものなんだ」

そのラツィオからバッザーニとのトレードで、シモーネ・インザーギが新しい相棒としてやって来た。「シモーネも素晴らしい選手だよ。移籍直後に体調不良で戦列を離れていたのは残念だったけどね。一日も早くコンディションを取り戻すことを願っている。彼はチームにとって非常に重要な存在だからね」

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