本誌記事 WebCALCiO 2002
サブタイトル

エルナン、昨シーズンの君の成績は物足りないものだった。19試合に出場して、わずか10得点。チェルシーでは何があったんだい?

クレスポ(以下C)―― けがが原因さ。体力が衰えたわけでもないし、テクニックを失ったわけでもない。モチベーションも高かったし、勝利への欲求は人一倍あったつもりだよ。ただ、コンディションが戻らなかった。インテル時代の故障を引きずったままプレーした結果、1年を通してけがの再発と戦わなくてはならなくなってしまったんだ。あれじゃ満足なプレーはできないよ。

けがが完治したから、ミランに来ることを決意したということかい?

C―― それもあるな。ミランの医療スタッフは世界一だと信じていたからね。ミランなら僕のけがをしっかりケアしてくれると思ったんだ。いろんな人から聞いていたとおり、ミラネッロの医療レベルは最高だよ。この前、ミランのチームドクターを務めるメールセールマンが、ロッベンを治療するためにロンドンに行った。ロッベンは、僕の後釜としてチェルシーに入った選手なんだ。アブラモヴィッチ・オーナーが個人的にガッリアーニに依頼したらしいよ。ミランの医療スタッフの高い水準は誰もが認めているんだ。

当初、ミラニスタは君に冷たい視線を投げかけていた。彼らを納得させるには、重要かつ歴史的な重みを持つようなゴールを決める必要があった。君がマンチェスター・ユナイテッド戦で記録した2得点は、まさにそんなゴールだったんじゃないかな?

昨シーズンはチェルシーでプレーし、10得点を挙げた

C―― 僕はストライカーだからね。ファンを納得させて、僕がミランにふさわしい選手だということを証明する唯一の方法が、ゴールを決めることなんだ。僕はこれまでのサッカー人生で多くのことやり遂げてきた。そして、チェルシーでの不幸な1年間の後、ミランに加入した。29歳という年齢は決して若くはないよね。その年齢で一から出直すのは、簡単なことじゃなかったよ。

君はミラニスタからブーイングを浴びたこともある。その時、アンチェロッティはティフォージに、「もうちょっと時間を与えてやってくれ」と頼んだ。君はどんな気分だった?

C―― カルロにはとても感謝しているんだ。96年にイタリアに到着した日からずっと、アンチェロッティは僕にとって兄貴のような存在なんだ。当時の僕はまだ21歳。カルロは、僕が慣れない土地で困らないように世話してくれた。イタリアの環境に慣れて、サッカー選手として成長できるよう、僕に気を使ってくれたんだ。そして、去年もまた、僕がミランというチームに1日も早くなじめるよう気を配ってくれた。ただ、僕のコンディションはなかなか良くならなかった。筋力がなかなか戻らなくてね。本来のコンディションを取り戻すのに、結局4、5カ月かかってしまった。それでも、ミランのトレーナーは僕の足を本当に良く鍛えてくれたと思っている。ミランに来て、足の筋肉年齢が4、5年若返った感じなんだ。本来の調子に戻る前に何試合かプレーしたけど、あの頃は思うようなプレーができなかった。ずいぶんブーイングを浴びたよ。体が100パーセント出来上がってからプレーすればよかったんだろうけどね。

11月の下旬、アンチェロッティは、「今は一時休止しているだけ。1本出れば、止まらなくなる」と言っていたね。

C―― そう、もうちょっとで本来の調子に戻る気がしていたんだ。出口は見えていたのさ。これは本当に微妙な感覚なんだけど、瞬間のチャンスに反応する瞬発力と言えばいいのかな、その感覚が欠けていたんだ。幸いにして、シーズン前半戦はシェフチェンコが絶好調でね。シェヴァは、僕の分も働いてくれた。僕だけじゃない。インザーギやトマソンの分まで働いてくれたんだ。何せ、3人とも満足なプレーができなかったからね。シェヴァが活躍してくれていたおかげで、焦りはなかったよ。

そして、カリアリ戦でシェフチェンコがけがをした。エースストライカーを欠く崩壊の危機だ。そんな時に迎えたマンチェスター・U戦でゴールを決めたのが君だ。シェヴァの欠場の穴を埋めて余りある活躍だったよね。

C―― シェヴァは完璧なカンピオーネ、世界最高のアタッカーだ。彼が戻ってきたら、楽しいサッカーができるだろうね。これまで、2人とも良いコンディションでプレーしたことがないんだ。だから、一緒にプレーすることをすごく楽しみにしている。僕たちはともにストライカーだ。でも、僕もシェヴァもエリア内でじっとパスが来るのを待つタイプじゃない。2人とも、エリア外でも仕事ができるタイプのFWなんだ。後方からペナルティーエリアに飛び込んでくる時のシェヴァはすごいよ。ただ、僕とシェヴァは違うタイプのFWだし、いいコンビになると思う。2、3回一緒にプレーしたら、完璧なコンビネーションが出来上がるはずさ。

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