本誌記事 WebCALCiO 2002

パトリック・ヴィエラが9年ぶりにイタリアに帰ってきた。9年前の1995−96シーズン、彼はミランに所属していた。 あの時は同じポジションにマルセロ・デサイー、デメトリオ・アルベルティーニという2人の“巨人”がいたため、ほとんど出場機会をもらえなかった。 しかし、今のヴィエラはあの時の彼ではない。 その後、彼はアーセナル、フランス代表でキャプテンを歴任し、正真正銘のカンピオーネとなってイタリアへ戻ってきたのである。

フランス代表では98年W杯フランス大会に続き、EURO2000でも優勝するという快挙を成し遂げた

今回、ヴィエラが選択したチームはユヴェントスだった。 奇しくも、ベンチにはミランで彼を“干した”ファビオ・カペッロの姿があった。 ただし、今の彼にかつての指揮官に対する復讐心は全くない。 もともと、ヴィエラは自分がミランで“落第”の烙印を押されたとは思っていないのだ。 当時の彼はまだ19歳だった。若いMFが、当時、スター軍団だったミランでレギュラーとなるのは至難の業だっただけなのだ。 その後、ヴィエラはアルセーヌ・ヴェンゲル監督率いるアーセナルで不動の地位を築いた。 イングランドではリーグ優勝3回、FAカップ優勝4回という輝かしい実績を残した。 また、フランス代表でもワールドカップやEUROで優勝を勝ち取っている。

実は、ヴィエラはイタリアでもミランに在籍したシーズンにスクデットを獲得している。 しかし、彼はそれを“自分のタイトル”だとは感じていない。 なにしろ、あのシーズンのカンピオナートではわずか2試合の出場にとどまったのだから。 ロッソネーロの縦縞をビアンコネーロに変えて、ヴィエラのイタリアでの2度目の挑戦が始まる。

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