本誌記事 WebCALCiO 2002

サブタイトル

ダニエレ、W杯優勝おめでとう。

デ・ロッシ(以下D)― 優勝が決まった時には、本当に最高の気分だった。フランスとの決勝戦からもうすぐ2カ月が経とうとしているけど、あの時のことを思い出すと、今でも背筋がゾクッとするんだ。

正直、大会前には世界チャンピオンになるなんて思っていなかったのでは?

D― そうだね。優勝までは考えていなかったな。開幕前は誰もが「絶対的な優勝候補はブラジルだ」って口を揃えて言っていたからね。でも、イタリアだって相当良いところまでいけると信じていた。その確信を裏づけるように、僕らは素晴らしいプレーを見せ、見事W杯をイタリアに持ち帰ったんだ。本当に最高の大会だったよ。

PK戦のことを覚えている?

D― もちろん。キッカーに指名されることは、最初からある程度分かっていた。ペナルティーエリアに向かってからボールを蹴るまでの時間は、せいぜい10秒ちょっとだけど、あの時の僕には恐ろしく長い時間に感じられた。心臓がバクバクと音を立てていたよ。ただし、頭のほうは意外にも冷静だった。とにかく、自分を周囲から切り離そうと必死だった。そのおかげで、PKを蹴る直前にはスタジアムの歓声が全く聞こえなくなっていたんだ。あの時の僕はそれくらい集中していたってことさ。そして、どこにどうやって蹴るかを心の中で強くイメージした。結局、思っていたとおりのボールを蹴ることができたんだ。次の瞬間には、喜びを爆発させていたよ。

君にとって、あのPKを決めた時がドイツW杯での至福の瞬間だったとすると、最悪の瞬間は、アメリカ戦で退場を言い渡された時だったはずだ。

D― そのとおり。あれはW杯期間中に味わった最悪の瞬間だった。と言うより、僕のサッカー人生はまだ始まったばかりだけど、キャリアの中で最悪の時だったと言うべきかもしれない。相手をケガさせようと思ってやったわけじゃないことは信じてほしい。ただし、ああいった愚かな行動をしてしまったことについては、この場を借りてもう一度謝りたい。もう二度とあんなことはしないと約束するよ。

イタリアが優勝できた最大の要因は何だったと思う?

D― まず、チームの結束が非常に固かったことが挙げられる。メンバー全員の仲が本当に良かった。大会期間中、チーム内でケンカになったことなんか一度もなかったからね。だから、僕らはW杯でのプレーを心から楽しむことができた。それが、多くの良いプレーにつながったんだと思う。僕にとっては、本当に最高の経験だったよ。僕は、この喜びを死ぬまで心に抱き続けると思う。忘れることなんて不可能だよ。

でも、まだ23歳なのに世界王者になってしまうと、今後の目標を立てるのが難しくなるんじゃないかな?

D― 少なくとも僕は大丈夫だよ。僕がサッカー界の第一線で活躍するようになったのはほんの数年前からだし、僕にはまだやるべきことがたくさんある。自分の力をもっと周囲に示していかないと。例えば、ローマではまだビッグタイトルを獲得していない。ドイツから戻ってきた日、僕らはローマのチルコ・マッシモでファンと一緒に盛大な祝賀会を行った。あの時、誰もが信じられないくらい喜んでいた。あの光景を思い出すと、もう一度経験してみたいって気持ちになる。ただし、次はローマのスクデット獲得の祝賀会だけどね。

できれば、今シーズンの終わりに、だろう?(笑)

D― もちろん(笑)。いや、マジでそのつもりだよ。今シーズンのローマは、昨シーズンよりもさらに強く完成されたチームになっている。もちろん、優勝候補の筆頭はインテルだと思うし、ミランだってペナルティーを受けたとはいえ、強力な戦力を持っている。でも、僕らローマにだって優勝できる力はあるはずだ。シーズンが始まったら、ミラノの2チームを思いっきり苦しめてやるつもりだよ。

ローマのスパッレッティ監督は、ウディネーゼ時代の教え子だったピサーロの獲得にかなり喜んでいるようだ。君はピサーロにどんな印象を持っている?

D― もちろん、良い印象を持っているよ。ピサーロは、経験とテクニックを兼ね備えたレベルの高い選手だ。彼と一緒にプレーしたことはないけど、連係に関しては心配ないと思う。アッズーリでの僕は、いつもピルロの横でプレーしていた。ピサーロは、ピルロと似たようなタイプのMFだよね? それならうまくやれるはずさ。ピサーロの加入で、ローマの中盤はかなり充実した。ペロッタ、アクイラーニ、そしてファティ。今のローマには素晴らしいMFが揃っているよ。

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