本誌記事 WebCALCiO 2002

23歳の若さでワールドカップを勝ち取るということは、誰にでもできる経験ではない。2006年7月9日、ダニエレ・デ・ロッシは、自らPKを決める活躍でその偉業を成し遂げてみせた。ローマの下部組織で育ったデ・ロッシは、マルチェッロ・リッピがアッズーリの監督に就任して以来、常にメンバー入りしていた選手である。当時の彼はまだ21歳で、セリエAでの経験は十分とは言えなかった。しかし、リッピは一貫してこの若いMFに信頼を寄せ続け、W杯決勝のPK戦でも彼にキッカーの大役を与えたのだった。ただし、デ・ロッシにとってのドイツW杯が良いことばかりだったわけではない。グループリーグ第2戦のアメリカ戦で、彼は競り合った相手選手の顔にひじ打ちをして一発退場となり、4試合の出場停止処分を言い渡されてしまったのである。彼がようやくW杯の舞台に戻ってきたのは、フランスとの決勝戦だった。しかし、カルチョの神様は彼を見放さなかった。リッピ監督からPK戦のキッカーの一人に指名された彼は、その役割を見事に果たしたのである。そして、キッカー全員がゴールしたイタリアは、史上4度目のW杯優勝の美酒に酔ったのだった。

23歳で世界チャンピオンの称号を手にしたデ・ロッシ。しかし、彼はこの栄光をむしろ“スタート地点”と考え、残りのサッカー人生の糧にしていくつもりのようだ。彼は、W杯で自分が犯した“罪”のこともしっかりと自覚している。彼のこれからの目標は、所属するローマでビッグタイトルを獲得すること。それを果たすことは、W杯での罪を贖うことでもあると考えている。

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