本誌記事 WebCALCiO 2002
サブタイトル

君は子供の頃から背が高かったのかい?

A― 僕の家は家族全員が長身でね。ただ、最初は僕だけ背が低かった。GKにとって体格は重要な要素だから、少し気にしていたんだ。でも、その後、急激に伸びてくれて助かったよ。

理想とするGKは誰なんだい?

A― 目標としているのはラツィオのアンジェロ・ペルッツィ。僕は、アンジェロこそ世界最高のGKだと思っているんだ。時々、彼にプレースタイルが似ているって言われることがある。僕にとっては最高の褒め言葉だよ。

確かに、君とペルッツィはかなり似ているよ。

A― あとはロマニスタの一人として、ジョヴァンニ・チェルヴォーネ(ローマに89−90シーズンから97−98シーズンまで在籍したGK)がすごく好きだった。彼はファンから攻撃されても決して自分の信念を曲げない人だった。ローマはサッカー選手にとってプレーしやすい土地じゃない。ちょっとしたミスですぐに批判されてしまうんだ。そういう意味で言えば、現在ボローニャでプレーしているフランチェスコ・アントニオーリも精神的に強い選手だよ。彼はローマ時代、ファンからの批判やブーイングの的となった。でも、黙々と自分のプレーを続けていただろう? そして、優勝した00−01シーズンには素晴らしいパフォーマンスを見せて周囲を黙らせた。本当に強い精神力を持ったGKだよ。

今の君があるのは誰のおかげだと思う?

A― まずはリヴォルノのGKコーチ、ピエトロ・スピノーザに感謝したい。今後、他のチームに移籍することになったら、彼に一緒に来てもらうように頼むつもりだ。それから、母のアンナ、父のクラウディオ、兄のルーカにもお礼を言いたい。ルーカはザガローロというラツィオ州の小さなクラブでGKをしているんだ。僕の性格は父親ゆずり。几帳面なところや、一度決めたら何かをやり遂げるまで考えを変えない頑固なところがそっくりだってよく言われるよ。ただ、僕はそれでいいと思っている。どんな場所、どんな時にも自分が生きてきた証を残したい。そうでなければ生きている意味がないだろう?

今までのサッカー人生の中で最悪だったのはいつかな?

A― ローマがクリスティアン・セバスティアン・セーハスを獲得して、僕がチームから出て行かなければならなくなった時さ。故郷を離れたのは、あの時が初めてだった。当時のショックはいまだにトラウマになっているよ。僕は子供の頃から10年以上、トリゴリア(ローマの練習場)に通い続けていた。ローマのチームメートやスタッフはみんな友達だった。現在、ローマの下部組織の責任者であるイヴァーノ・ステファネッリや現テクニカル・ディレクターのブルーノ・コンティ、GMのダニエレ・プラーデもみんな良くしてくれたよ。それに、当時まだ幼かった僕を本当の意味で支えてくれたのは、守衛のファブリツィオとヴァレーリオだった。
ドイツW杯ではアッズーリの一員として世界チャンピオンに輝いた
午後の練習が終わって両親が迎えに来るまでの間、僕はいつも正門の脇にある守衛室で彼らと話していたんだ。 彼らとは今でも電話で連絡を取り合っているよ。

逆に、これまでのサッカー人生の中で最高の瞬間は?

A― それはもちろんW杯だよ。ベルリンでの決勝戦の夜、ファビオ(グロッソ)の最後のPKが決まってから、もう一人のファビオ(カンナヴァーロ)がW杯のトロフィーを天高く掲げるまでの、あの数十分間さ。今でも思い出すのは、表彰式の後、特別席に行った時のこと。そこで僕たちを陰で支えてくれた両親や恋人、妻や親友たちと熱い抱擁を交わしたんだ。あの時のアッズーリのメンバーは本当に仲が良かった。それはコヴェルチャーノで直前合宿を始めた時から感じていたよ。「このチームなら必ず優勝できる」ってずっと思っていたんだ。練習では常に全員が集中していた。リッピ監督が大会前にいわれのない批判を浴びたことで、逆にチームの結束力が高まったんだ。あれが燃料になって、僕たちの闘志はより熱く燃え上がったのさ。

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