君のサッカー人生における“フォトコピー”を見てみようか。
レオナルド(以下L) ―― 1999年のことだった。僕はまさにその理由(同じことの繰り返し)で代表の招集を拒否したんだよ。同じ状況の繰り返し、合宿生活、練習、サッカーのルーティーンに嫌気がさしていたんだ。だから、セレソンの招集を拒否したんだよ。
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レオナルドの左足のテクニックは
もはや芸術の域にまで達している |
後悔しなかった?
L ―― 自分自身、頭が半分おかしくなっていたんじゃないかと思ってるよ。でも、たとえ今、同じ状況におかれたとしても同じような行動をとると思うな。少なくとも、あの時点での結論は正しかったと思っている。大事なのはその時どう思っていたかなんだ。その後にどう思うかなんていうのは二次的なことだよ。あの時は直後にコパ・アメリカが控えていた。当然、合宿も予定されていたし、練習日程も組まれていた。長い飛行機の旅も待っていたし……。要するにそういう生活の繰り返しにうんざりしていたんだ。そうした“労働”に立ち向かう気になれなかったんだよ。
ミランをやめるのも同じ理由からかい?
L ―― いや、それとは全然違う。
ミランの誰か、あるいは何らかのことが君を失望させたのかな?
L ―― そんなことは全然なかったよ。あるはずがないだろう? 君も知っているとおり、僕は昨年の11月にチームを出るつもりだったんだ。だけど説得されて、「シーズン終了までやってみよう」ということになった。つまり、一度は退団の決意を曲げたんだ。でも二度は曲げられないよ。
ミランをやめる理由はいったい何なんだい?
L ―― 全員にとってそれが最良だと思うからさ。もちろん、僕を説得しようと試みてくれたガッリアーニ(ミラン副会長)や、チームメイトと別れるのはつらいけど、これがベストな選択だと思っている。
サッカーへの情熱を失ってしまったんだろうか?
L ―― それはないな。だから、現役生活を続けるべきか辞めるべきか、まだ悩んでいるんだよ。僕は9月5日には32歳になる。マルディーニ、コスタクルタ、ロッシに比べればまだまだ若いし、今後もプレーを続けるべきだとは思うのだけど……ただ、人生の分岐点に差しかかっていることは確かだね。
情熱というか、心から湧き出るような何かが欠けているんだ?
L ―― そうだね、僕の情熱を引き出してくれるようなチームがあったらプレーし続けるよ。ただし、イタリアではあり得ない。だって、僕にとってイタリアはミランそのものだからね。ミランを“敵”としてプレーする気にはなれないよ。
パリに行くというのは?
L ―― パリでは2年間素晴らしい体験をさせてもらった。世界で最も美しい町だし、僕に歴史への興味を抱かせてくれた町でもある。ブラジルの学校で学んだ歴史をパリで体験したんだ。パリは最高の町だよ。ミランからの誘いがなかったら、ずっとパリSGでプレーしていたと思うな。
カペッロが誘ったんだね?
L ―― そう、彼が僕を望んでくれた。もっとも、あのシーズン、カペッロのミランは崩壊してしまったけどね。ただ、今年のカペッロは違うよ。きっとスクデットを手にするだろう。ローマは最高の状態だからね。良すぎるくらいだよ。 |