本誌記事 WebCALCiO 2002
サブタイトル

昔からサッカーが好きだった?

モントリーヴォ(以下M)― 子供の頃からずっとそうだったよ。いつでもどこでもボールを蹴っていたね。時々、親に「もうやめなさい!」と叱られていたぐらいさ。

そんな君が本格的にサッカーを始めたのは?

M― アタランタの下部組織に入ってからだね。アタランタには今でも感謝しているんだ。僕にもそれなりの才能があったと思うけど、その才能を見いだして辛抱強く鍛え上げてくれたのはアタランタのテクニカルスタッフだからね。この場を借りてお礼を言いたい。

幼い頃は自分がセリエAやU−21代表でプレーできると思っていた?

M― アタランタでセリエBデビューした時のことは今でも覚えているよ。マンドルリーニ監督に「いくぞ!」って言われた時は頭が真っ白になったよ。一種のパニック状態だね。当時の僕はまだ18歳の少年だった。世の中のすべてのことが今よりもずっと複雑に見えていたんだ。

しかし、君は見事な活躍を見せてアタランタのセリエA昇格に貢献した。

M― ほとんどの試合にレギュラーとして出場できた。プロになったばかりにしては上出来さ。しかも、4ゴールのオマケまでついた(笑)。

「これでもうやっていける」と正直思わなかった?

M― 全く思わなかったね。「何て運の良い男だろう」とは思ったけど(笑)。でも、翌シーズンからプロの厳しさを味わったよ。

翌シーズン、セリエAデビューして32試合出場3ゴールという成績を残しているのに?

04-05シーズンにセリエAデビューを果たし32試合に出場、3ゴールを挙げたが、残留は果たせなかった

M― チームをセリエA残留に導くことができなかったからね。僕らにとっては本当にドラマチックなシーズンだったんだ。監督がマンドルリーニからロッシに代わった瞬間、チームの雰囲気が一新したからね。そういう意味で本当に“劇的”なシーズンだった。「やっぱりセリエAは違うな」と思ったよ。セリエBではミスをしても頑張れば何とか挽回できた。でも、セリエAでは一つのミスが大きなピンチや失点に直結してしまうんだ。

監督がロッシになった後、君たちは本当に素晴らしいサッカーを展開して、残留まであと一歩のところまで迫ったよね。

M― 「もうダメだ」とあきらめかけた時期もあったんだけど、信じられないような逆襲をかけることができた。ただ、あの逆襲が1週間早ければ、残留を勝ち取れていたかもしれない。それだけに降格が決まった時は本当に悔しかった。あの悔しさはいまだに心の中に残っているよ。

ロッシの後にコラントゥオノがやってきた。

M― 僕はコラントゥオノの指導はほとんど受けていないんだ。彼が来た直後に、フィオレンティーナへ移籍することになったからね。

ではコラントゥオノを除いた、マンドルリーニ、ロッシ、プランデッリ。この3人の監督から学んだことはどんなこと?

M― 本当に良い監督に恵まれてきたと思う。全員が戦術重視の指揮官だったことが若い僕にとって幸いだった。彼らの下でプレーしたことで大きく成長できた。今はプランデッリ監督の指導を受けているけど、自分が日々成長しているのが分かるよ。体力面はもちろんだけど、特に精神面での成長は大きいね。

精神面というのは?

M― 高いレベルで安定した力を発揮するためには“継続性”が必要なんだ。それは体力面だけじゃなく精神面を維持しなければ、セリエAのような過酷なリーグは乗り切れない。つまり、心身のバランスを崩さずに前進する、そんな力が必要なんだ。大事なことは物事が順調な時に有頂天にならないこと。逆に物事がうまくいっていない時には落ち込む必要はないんだ。簡単なようだけど実践するのはなかなか難しい。ただ、今はプランデッリのような優秀な監督と一緒に仕事をさせてもらっている。彼の下では進むべき道が自然と示されていて、多くのことが簡単にこなせるんだ。

ところで、君はバッジョのような「10番」タイプ? それともピルロのような「8番」タイプ?

M― いきなりすごい質問だね。あんまり驚かせないでよ(苦笑)。僕にとってのバッジョは、まるで“宇宙人”のような存在さ。彼はイタリアサッカー史に君臨する“フェノーメノ”(怪物)の一人、彼の代わりなんて誰にもできないよ。それに僕は誰かと比較されるのがあまり好きじゃないんだ。僕はリッカルド・モントリーヴォ。それでいいよ。偉そうに聞こえるかもしれないけど、昔から比較されるのが嫌いなんだ。アタランタの下部組織の時、足の裏を使ったプレーが得意だったからか「小さなジダン」とよく言われていたけど、そんな偉大な選手たちと比較されるのはおこがましいし、何より好きじゃないんだ。

トレクアルティスタ・タイプ、レジスタ・タイプ。自分ではどちらのタイプだと思っているのか聞きたかっただけなんだ。

M― まだ結論は出ていないかな。今はレジスタでもトレクアルティスタでもなく、あえて言えばセンターMF。そう考えると8番タイプに近いだろうね。中盤でプレーしながらゴール前に顔を出してゴールも狙う。それが今の理想のプレースタイルだね。ただし、もう少しエリア内でのプレーに磨きをかけて、冷静さと正確さを身に付けていく必要があるだろう。リッカルド・モントリーヴォはまだまだ“発展途上の選手”ということかな。

そうすると、将来はピルロのようにレジスタとしてA代表で活躍することが夢なのかな?

M― そういうわけじゃないんだ。僕はピルロじゃないし(苦笑)。A代表のことについてはまだ話したくないな。今の僕にとっての“マーリア・アッズーラ”はU−21代表のユニフォームだからね。あのシャツを着てU−21欧州選手権のタイトルを取ることが今の僕の夢なんだ。それから、フィオレンティーナでしっかりとレギュラーを確保することも大事になる。A代表の話をする前にやるべきことがまだたくさんあるんだ。

レギュラーの確保? 君は今シーズンのヴィオラの中で最も輝いている選手の一人だ。まだそんなことを心配する必要があるのかい?

M― もちろんだよ。ただ、昨シーズンに比べればプレーの質がだいぶ上がってきた。チームメートとの連携も良くなってきたし環境にも慣れた。何より多くの人々が僕に大きな信頼を寄せてくれることがありがたいんだ。いつか必ず恩返しをしたい。監督も尊敬できるし、フィレンツェの町もすごく気に入っているよ。ティフォージからの声援も本当に励みになっているんだ。これ以上の環境は他にはないと言ってもいいくらいさ。

ということは、来シーズンもフィオレンティーナでプレーすることはほぼ決まり?

M― 僕自身はそうしたいと考えているよ。とにかく、今はこのチームでレギュラーを確保すること。そうすれば、来シーズンもヴィオラでプレーできる確率はさらに高まるだろうからね。

2 / 4