本誌記事 WebCALCiO 2002

ジュゼッペ・ロッシはまだ20歳になったばかりだが、その人生は波乱に満ちたものだ。イタリア人の両親の間にアメリカのニュージャージーで生まれたジュゼッペは、若くしてイタリアにやってきた。そして、パルマの下部組織でサッカーの基礎を学び、そこでアッリエーヴィ・ナツィオナーレ(15、16歳のカテゴリー)までプレーすることになる。

当時のアッリエーヴィには多くの才能豊かな選手が揃っていた。フィリッポ・サーヴィ、ダニエレ・デッセーナ、ルーカ・チガリーニ、さらに、アルトゥーロ・ルーポリらを擁したパルマは、アッリエーヴィの全国大会を制覇したのである。

アッリエーヴィの中でもひときわ異彩を放つロッシに多くのクラブのスカウトが熱い視線を送るのは当然のことだった。俊敏な動きでゴールを量産する左利きのストライカー、ロッシには、海外のクラブもまた興味を示したのである。その中で最も熱心にロッシにアプローチをかけたのが、イングランドの名門、マンチェスター・ユナイテッドだったのである。

2004年の夏、当時17歳のロッシはマンチェスター・Uと契約を結んだ。ロッシはイングランドでもその潜在能力を遺憾なく発揮したが、名門マンチェスター・Uでポジションをつかむのは至難の業、トップチームでの出番もほとんど与えられないという状態が続いた。昨夏、マンチェスター・Uのフロント陣は、より多くの出場機会を与えるために彼をニューカッスルにレンタル移籍させた。「格下のチームなら多くのチャンスに恵まれるだろう」。そうしたマンチェスター・Uのフロント陣の思惑は外れてしまう。ニューカッスルでもほとんど出番を得られず、今年1月のメルカートで、彼は古巣パルマにレンタルで戻ってくることを希望したのである。パルマ復帰の初戦となったトリノ戦で決勝ゴールを記録し、すぐさまレギュラーポジションを獲得した。そして現在、U‐21代表のストライカーは未来のイタリアサッカー界を背負って立つ逸材として脚光を浴びている。

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