本誌記事 WebCALCiO 2002
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フランチェスコ、長い不調の後、セリエAで復活を遂げた今の気持ちは?

タヴァーノ(以下T) 今シーズン、僕は前半戦だけで9ゴールを挙げることができた。でも、ここで満足して足を止めるつもりは全くない。エンポリで19ゴールを決めた05−06シーズンの後だって、立ち止まろうと思ったことはなかった。今はフィジカルコンディションもすごく良い。体だけじゃなく、頭のほうも良く動くんだ(笑)。僕のゴールでリヴォルノをセリエAに残留させたい。

君の復活の陰には、監督のジャンカルロ・カモレーゼの助力もあったのでは?

T─ 昨シーズンはほとんどプレー機会をもらえなかった。そんな僕に必要だったのは、監督から認めてもらうことだったんだ。カモレーゼ監督は僕のその希望を叶えてくれた。もちろん、監督だけじゃなくチームメートにも心から感謝している。

バレンシアでは何があったんだい?

T─ 僕のほうが聞きたいくらいだよ。本当に、誰か分かる人がいたら教えてほしい。バレンシアは1000万ユーロ(約15億円)もの大金を払って僕を獲得した。ところが、その1週間後に、「タヴァーノは必要ない」と監督が言い出したんだ。今でも何が起こったのか分からない。

スペインでの6カ月間はつらいものだった?

T─ そのとおりだよ。チャンピオンズリーグとリーガの数試合でちょっとだけ出場機会をもらえただけだったからね。そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたのは、同郷のアメーデオ・カルボーニだけだったよ。

「うつ病になる寸前まで追い込まれた」という噂もあったけど……。

T─ さすがにそれはないよ。気持ちだけはいつもしっかり持っていたから。ただ、モティベーションはずっと下がりっ放しだった。

07年1月、そんな君にローマが触手を伸ばした。正直、ホッとしたんじゃない?

T─ たった半年間だけだったけど、ローマの居心地は最高だった。スパッレッティ監督やチームメートとも本当にうまくいっていたんだ。一番感動したのは、あこがれの存在だったトッティと一緒に練習ができたこと。彼のようなスーパースターのプレーを毎日、近くで見ることができたんだ。最高の気分だったな。

ただし、君はローマでも完全復活を果たすまでには至らなかった。その原因は何だったと思う?

T─ ローマには素晴らしいFWがたくさんいる。入団してすぐにレギュラーを奪えるほど甘い世界ではなかったってことさ。

クリスティアーノ・ルカレッリ(シャフタール・ドネツク→パルマ)、クリスティアン・リガノ(レバンテ→シエナ)、ローランド・ビアンキ(マンチェスター・シティ→ラツィオ)と、昨夏、国外リーグに移籍したFWがこの冬、続々とイタリアに里帰りしている。やはり国外で結果を出すのは難しいのかな?

T─ それでも彼らは少しは出場機会があったんだろう? バレンシア時代の僕は全くもらえていなかったんだから、比較にならないよ。とにかく、やっぱりイタリアのほうが住みやすい。それだけは確かだね。

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