本誌記事 WebCALCiO 2002
サブタイトル

90年代半ば、君はチャンスを求めてフィオレンティーナのプリマヴェーラに入団した。すべてはそこから始まったんだよね?

T─ 故郷のカゼルタ(カンパーニア州北部にある人口約8万人の中都市)からフィレンツェにやって来たのは16歳の時だった。僕はアッリエーヴィ(15〜16歳のカテゴリー)時代、ノーラというチームでプレーしていて、全国選手権で優勝した。そんな僕に当時ヴィオラで監督をしていたキアルージが目をつけくれたんだ。すべてキアルージのおかげだとは言わないけど、彼にはサッカーだけでなく人間としても成長させてもらった。それから当時のチームには、素晴らしい選手がたくさんいた。ケガに泣かされて、なかなか大成できないでいるけど、ブレッシャにいるリッカルド・タッデイは本当にすごいトレクアルティスタだったよ。あの時は、現在インテルで監督をしているロベルト・マンチーニも彼のことよく褒めていたな。それからカリアリでプレーしているDFアゴスティーニもヴィオラのプリマヴェーラ出身。あの頃は本当に楽しかった。ただ、一つだけ悔やんでいることがあるんだ。

どんなこと?

T─ 1分でもいいから、当時のヴィオラのトップチームでプレーしてみたかった。ラニエリが監督をしていた時、一度だけコッパイタリアの試合でベンチに入ったことがある。でも、一度もプレーできなかった。

君はその後、出場機会を求めてトスカーナの小さなチームを転々とする。

T─ ロンディネッラでの1年半、そして、エンポリでの5年間は、僕にとって本当に重要な経験だった。ロンディネッラ時代の監督、ブーリオとバローニ、そして、エンポリ時代のバルディーニとペロッティ、カーニの3人には、この場を借りてお礼を言いたい。特にエンポリは、僕にとって本当に最高の環境だった。

今は、リヴォルノのほうが気に入っているんだろう? 君が、「リヴォルノで引退までプレーしたい」と言ったという噂を聞いたけど?

T─ リヴォルノとの契約は2011年まで。できるなら、すぐにでも延長したい。リヴォルノのファンは僕をチームの顔として敬ってくれているし、町も素晴らしいしね。

「ルカレッリの後継者」と言われることについては?

T─ プレッシャーはもちろん感じているよ。でも、僕が背負っているのはルカレッリの幻影だけじゃない。今の僕の背番号は10。そう、あのイゴール・プロッティがつけていた番号さ。イゴールとはリヴォルノに来る前からの知り合いだった。彼は本当に素晴らしい人だよ。エンポリ時代には、試合後に彼とユニフォームを交換したこともあるんだ。プロッティとルカレッリという2人の偉大な選手の幻影を背負ってのプレーは決して楽じゃないよ。

もし今後、ビッグクラブからオファーが来てもリヴォルノに残り続けるつもり?

T─ サッカー選手なら、もらったチャンスは生かさなければならない。ひょっとすると、今後、大きなチャンスが生まれるかもしれない。だから、「絶対に」とは言えないよ。もっとも、最終的な決断は僕じゃなくクラブが下すわけだから、どうなるかは分からない。ただ、これだけはもう一度、言っておきたい。「リヴォルノの居心地は最高だ。まるで王様にでもなったような気分だよ」ってね。

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