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ローマの話に戻ろう。ローマのチームリーダーはトッティだけなのかな?
C─ 複数いるよ。トッティ以外には、デ・ロッシ、パヌッチ、フアン。この4人がリーダーとしてローマを牽引していると言えるだろうね。この4人のうち1人でも欠けると困る。彼らがローマを支えているんだからね。 ヴュチニッチとは、レッチェ時代から一緒だよね。彼はマンシーニの後継者になり得るだろうか? C─ 彼をどのポジションで使うかは、僕が決めることじゃない。ただ、僕が監督だったら、左サイドの高いポジションで使うだろうな。そう、今のポジションだよ。レッチェ時代も、彼はこのポジションで活躍していたんだ。彼の能力はかなりのもの。特にドリブルでの突破は一級品だよ。 昨年の夏、君にはレッチェに戻る可能性もあったそうだね。そして、ローマは君の代役としてコモットの獲得に動いたりもした。実際には何が起こっていたの? C─ レッチェとの金額的問題が生じたんだ。レッチェは、僕をレンタルに出す時、1年後の買い取りオプションとしてかなり安い金額を提示していたんだ。それで、ローマは僕を買い取るために90万ユーロ(約1億4000万円)を提示したんだけど、それをレッチェが受け入れなかったことで揉めてしまった。ヴュチニッチ買い取りの問題も絡んできたから、複雑だったんだ。ローマはヴュチニッチの買い取りにかなりの出費を強いられていて、僕の買い取りに関しては節約したがったんだよ。 一時期は、デリオ・ロッシが君をラツィオに連れてゆくという噂も流れた。 C─ あの時点で、僕の希望はあくまでローマで自分の実力を証明するということだった。ロッシ監督が直接僕に連絡するなんてことはなかった。もし、僕とローマの関係が悪化したら、その時点で動こうとしていたんだろうね。僕はロッシ監督の下でプレーしたことがあるから、彼としても僕を説得する自信があったんだと思う。ただ、僕はあの時点ではっきり主張したつもりだよ。「ラツィオでプレーする気はない」ってね。 ローマへの完全移籍が決まった後、君とスパッレッティの関係が悪化したこともあったよね。それについては?
C─ 関係悪化だなんて、どこから出た話なんだろう? ビッグクラブに身を置いた時は、その手のゴシップには注意しなくちゃいけない。僕とスパッレッティの間に確執なんてあるわけがない。昨シーズン、僕はビッグクラブでプレーすることのプレッシャーに苦しんでいた。ミスを怖れていたんだ。マスコミは、そんな様子を見て、僕とスパッレッティの関係が良くないと推測したのかもしれない。実際には、監督との確執なんて全くなかったよ。 君とアッズーリとの関係はどうかな? 今でもEURO2008出場を夢見ている? C─ 2004−05シーズン、ゼマン監督率いるレッチェでプレーしていた頃、代表に招集されたことがある。ポルトガル戦で招集されたんだ。すごくうれしかったよ。マーリア・アッズーラを着てプレーすることが心の底からうれしかった。 ドナドーニ監督に何かメッセージがある? C─ 言葉でメッセージを送るつもりはない。ローマでのプレーでアピールするつもりだよ。スイス行きの飛行機に乗ることができれば最高だとは思っているけど。 |
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