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| うんざりするほど、エルナン・クレスポはバティストゥータと比較されてきた。 その現実を受け入れることでストライカーとしての階段を着実に一歩一歩上ってもきた。 そして今また、ラツィオでの不振を真摯に受け止めながら、 真のカンピオーネの道を歩みつつある。
「もし、顔を黒く塗ってピッチに立てば、人種差別を追放することができるというのなら、すぐにでもそうするよ。『イエーネ』(注1)でやったみたいにね。覚えているだろう? ただ、本当の差別って、“ウー、ウー”とうなったり、馬鹿な言葉を合唱するだけじゃないんだ。EU内とEU外という差別だってあるしね。もし、僕がピッチ上で黒人選手とケンカでもしたら状況は変わるんだろうけど。今のサッカーは“西部劇”みたいなものなんだ。野蛮で無法な世界なんだよ。もっと、冷静になってほしいよね。だって、イタリアにおけるサッカーの“組織”にかなう国は他にないんだから。イタリアが世界のサッカーの見本になるべきなんだ。アルゼンチンの組織なんてイタリアと比べものにならないくらいひどいもんさ。サッカーが人々に喜びを与えるなんて側面は忘れ去られているんだからね。イタリアにはそうなってほしくないよ。確かに観客は金を払っているんだから、選手にブーイングや口笛を吹いても構わない。もちろん、拍手してくれてもいい。ただ、すべては“品”の問題だよ。それが、耐えられないような下品な形だと、サッカーをやっていても見ていても、楽しくなくなってしまうんだよ」 エルナン・クレスポのカルチョ論議は終わることを知らない。「僕の心の中にはいつも子供の時の自分がいるんだよ。僕はサッカーを通じて彼らを楽しませてあげたいんだ。銀行口座の残高を眺めながら“ニヤニヤ”しているなんて思ってほしくないんだよ」 クレスポはさらにヒートアップする。「僕には隠すことなんて何もないよ。チャンピオンズリーグのリーズ戦でのミスにしたって、全責任を取るつもりでいるよ。ただね、調子のいい時もあれば、悪い時だってあるってことを理解してほしいんだ。あなたがたジャーナリストだって、何をしても“書けない”と思うことがあるでしょ?」 |
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