ミランに残れるかどうかの
瀬戸際でしたから、必死に練習しました。
僕は変わったんだということを
アピールし続けました
フランチェスコ、一気に上り詰めたという感じだね。今はどんな気分かな?

フランチェスコ・ココ(以下C) ── ビリだと思っていたのが、いきなりトップになった感じですよ。すべてが、変わったような気がします。ミランに残るのが目標だったのに、今じゃアッズーリですもんね。信じられないですよ。すべてが、あっという間に変わったという感じかな。

ゲームに出たり、ベンチに下げられたり、時にはスタンドからゲームを観戦……ついこの間のことなんだよね。

C ── キャンプが始まった時、ザッケローニ監督に、面と向かって「君は今のところ3番目だ」と言われたんです。「このままの状況でミランにいてもゲームに出るチャンスはない。プレーしたかったら他のチームへの移籍をフロントに頼んでやってもいいぞ」って言われたんです。厳しい言葉でした。でも、それくらい言ってもらったほうがありがたいですよね。その時、ミランで生き残るためにはとにかく必死にやるしかないと心底思いましたから。練習への取り組み方を変えたつもりです。常に積極的にプレーし、自分をアピールしようと思ったんです。それに、自信を持とうと常に自分に言い聞かせ続けました。ザッケローニは僕の変化に気づいてくれたんですよ。いつの間にか僕を信頼するようになってくれたんです。

昨シーズン、トリノじゃいい思い出はなかっただろう? まるで裏門からミランに戻ってきたみたいだったよ。

フランチェスコ・ココ
1977年1月8日カターニャ生まれ 
181cm、78kg
シーズン クラブ 出場数 ゴール
1993-94
1994-95
1995-96
1996-97
1997-98
1998-99
1999-00
ミラン
ミラン
ミラン
ミラン
ヴィチェンツァ
ミラン
トリノ
A
A
A
A
A
A
A
0
0
5
14
20
6
21
0
0
0
0
0
0
0
C ── トリノでの生活はひどかった……。セリエBへの降格が決まって、チーム周辺には荒れた雰囲気が漂って……妬みとかケンカが絶えなかったし、ロッカールームはまさに地獄でしたね。僕自身、ケガしていたので、チームに貢献できなくて、モンドニコ監督との関係も次第に悪化してしまうし。もうレギュラーポジションを獲れるなんて思えなくなっていたし、駄目だと諦めていました。トリノでの最後の2カ月半はずっとベンチ暮らしでしたからね。そんな状態だったから、レンタルが終了してミランに戻ってきた時、正面玄関から堂々と帰還、というわけにはいかなかったんですよ。こっそりとチームに戻ったという感じだったかな。それでも、1人だけ僕の能力を認めていてくれた人がいたんです。誰だと思います? タルデッリ監督ですよ。タルデッリは僕をU−21ヨーロッパ選手権のイタリア代表に呼んでくれたんです。そこでヨーロッパチャンピオンになって、スロヴァキアから戻った時には、チームのみんなもやっと僕を評価してくれるようになったんです。あの時点で、トリノでのことは忘れてくれたみたいでした。でも、その時点でもザッケローニにとって僕は、依然としてセルジーニョ、グーリーに次いで3番目の左アウトサイド要員でしたけどね。

でも、今ではその2人は君の後ろにいるよ。どのようにしてザックを納得させたの?

C ── どのようにしてって……プレー内容としか言えないですよ。さっきも言ったように練習中でも常に集中し、冷静なプレーを心掛けたつもりです。「お前はすぐに集中が切れるし、カッとなるからよくないんだ」っていつも怒鳴られていましたからね。それに、「指示どおりの動きをしない」とも言われていました。とにかく、ミランに残れるかどうかの瀬戸際でしたから、必死に練習しました。僕は変わったんだということをアピールし続けました。ハードな練習にも積極的に臨んだつもりです。

でも、練習態度だけではザックは納得しないだろう?

C ── そこから先はザックに聞いてくださいよ。でも、経験とか、僕のプレースタイルが今のミランにマッチしていたんじゃないかなって勝手に推測しています。それに、セルジーニョは攻撃面は確かに素晴らしいけど、あまり守りの意識がないでしょう? グーリーも、どちらかといえば右サイドのプレーヤーだし……。ザックのやりたいサッカーに僕のプレースタイルが一番マッチしていると、僕は勝手に思いこんでいるんですけどね。
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