インテルへの移籍の話はどの辺まで進んでいたの?
C ── ほとんど決まっていた、と言ってもいいくらい進んでいましたよ。
すでに契約書にサインしたと言われていたけど、それは本当の話?
C ── ザックから「君は3番目の選手だ」と言われた頃、ちょうど、ミランがパヌッチ(現チェルシー)を獲得する話が進んでいたんです。ミランはパヌッチの代わりにサーラをインテルに渡すつもりだったんですが、インテル側はサーラじゃなく、僕が欲しいと言ってきたんですよ。僕はもちろん、すぐにOKしました。すぐにでもオリアーリ(インテルのGM)と会って、契約書にサインする気になっていたんです。ミランじゃ出番はなさそうだったし、オリアーリは「インテルではプレーチャンスは十分にある」と言ってくれましたからね。チャンスだと思ったんです。ところが、それから2週間、チーム間の交渉がまったくはかどらなくなって、最終的にミランは「ココを出さない」という結論に至ったわけです。だから、まだ、こうしてミランにいるんですよ。
それは君にとってラッキーだったのかな、それともアンラッキーだったのかな?
C ── 僕にとってミランは特別なチームだということ。ミランで育ったんだから、大好きなミランに残れたという意味ではラッキーだと言えるでしょう。
ザッケローニ監督の話をしようか。君はザックのことを今ではとても尊敬しているようだけど、ザックのどんなところが好きなの?
C ── 自分の哲学に確信を持ってますよね。例えば、3トップという考え方にしても、今まで、ずいぶん批判を受けているにもかかわらず、トップ下を排除するということに関してベルルスコーニ会長から、あれだけ、ボロクソに言われてきたにもかかわらず、ザックはそれでも自分の考えを曲げなかった。周囲の意見に惑わされることがない、信念の人なんです。彼のプロ意識と勇気にはいつも敬服しています。
でも、君に対しては結構つらく当たっていた時期もあったでしょう?
何か、罰を食らっていたような感じはしなかった?
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| 左サイドをトップスピードに乗って駆け上がる様は“槍”に例えられている。 手抜きのないプレーでザッケローニ監督の信頼も獲得した。 |
C ── 確かにそういう時期もありましたね。ミランにいづらくなっていたからインテル行きを了承したくらいですから。ただし、ザックは間違いがあったらそれをただちに修正する人なんです。僕のことを「どうしようもないわがままな奴」だと感じていたこともあったらしいけど、そうじゃないとわかった時点で、それまでの固定観念を完全に捨て去ってくれました。決して現実から目をそらさない人なんですよ。
現実というのはピッチ上の現実?
C ── もちろん。僕は、監督やファンの信頼をチャンピオンズリーグのピッチ上で勝ち取ったと思っています。信頼という意味ではチャンピオンズリーグ予備戦のディナモ・ザグレブ戦が決定的なゲームでした。あの試合で初めてスタメンに起用されたんです。自分自身、満足のいくゲームでした。それに、サン・シーロでのベジクタシュ戦も重要な意味を持つゲームでした。0−1で負けていたんだけど、僕が同点シュートを決めたんです。その上、僕のアシストでビヤホフが決勝点を決めたんです。周囲に僕の存在を十分、アピールできたゲームでした。それに、それ以上のゲームをバルセローナでやったんですよ。1ゴールと1アシスト……カンプ・ノウでのバルサ相手に、ですよ。あのゲームは一生の思い出になるはずです。あのバルサ戦で僕はミランの一員として完全に認められたんです。
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