3000メートルでの苦戦
僕 たちセレソンは、すでにドイツ・ワールドカップの切符を手に入れている。それでも、パヘイラ監督は、10月に行われた南米予選最後の2試合を、本大会へ向けた大切なテストマッチだと考えていた。彼は、この2試合をドイツへ連れていくメンバーを選ぶ“最終試験”ととらえていたみたいだ。そうでなければ、消化試合にここまで真剣な姿勢で臨んだりはしないよね。パヘイラ監督は、本当にまじめで責任感の強い指揮官なんだ。だからこそ、周囲から“プロフェソール”(教授)と呼ばれて、慕われているんだと思うよ。
セレソンの雰囲気は相変わらず最高だね。今の僕らは本当に息の合ったチームで、誰もがチームメートに再会できる招集の機会を楽しみにしている。セレソンのメンバーの多くは、いろんな国に散らばってプレーしているから、普段会う機会なんてほとんどないんだ。代表の試合は、彼らと会える貴重な機会なのさ。だから、試合前にはそれぞれの近況を話し合ったり、ふざけ合ったりして旧交を温めるんだ。
今回、僕たちがプレーしたのは、ラ・パスでのボリビア戦とべレンでのべネズエラ戦の2試合。ラ・パスでの試合では信じられないような経験をさせてもらったよ。ラ・パスのスタジアムは、標高3000メートルを越える高地にある。普通のスタジアムより極端に酸素が薄いんだ。高地でのプレーに慣れているボリビアの選手たちは、この利点を生かして僕らに襲い掛かってくる。彼らにとっては“薄い酸素”が普通の状態なんだろうけど、僕らにとっては大きなハンディキャップとなった。僕は他の選手よりも体格が大きいだろう? 他の選手よりもずっと多くの酸素が必要なんだ。それだけに、あの環境でのプレーは本当にキツかったよ。結局、試合は1-1のドローで終了。内容的には全然満足できなかったけど、あの厳しい状況を考えれば、よしとすべきなのかもしれないね。
1日だけの帰省
ボ リビア戦の後、僕たちはブラジルに戻ってベネズエラ戦が行われるべレンに移動した。べレンの人々は、すでにW杯出場を決めている僕らを大歓迎してくれたんだ。ところが、その熱気がとんでもない悲劇を引き起こしてしまった。試合の前日にスタジアムでの公開練習があって、約5万人ものファンが詰め掛けたんだ。練習見学は無料で、自由にスタンドに入れるようになっていた。だけど、べレンのスタジアムはそれだけの大観衆を収容するだけの設備じゃなかったんだ。そして、悲しいことに、押し寄せる群集に押しつぶされる形で、9歳の女の子が命を落としてしまった。僕らセレソンにとっても、本当にショッキングな事故だった。だから、翌日の試合は、亡くなった女の子のことを心に留めながら全力を出してプレーしたよ。試合は3−0で僕らの勝利。僕も1ゴールを決めている。僕はそのゴールを、思わぬ事故に巻き込まれて亡くなったその女の子に捧げたんだ。
こうして、セレソンの長い遠征が終わった。せっかくブラジルに戻ったんだから、僕はマッシモ・モラッティ・オーナーにお願いして、インテルへの合流を1日ずらしていいか頼んでみた。そして、生まれ故郷であるリオのファベーラに里帰りすることを許してもらったんだ。
リオでは、ビラ・クルゼイロにある小さなサッカー場に行ったよ。多くの旧友と再会できたし、ファベーラの子供たちは、僕に会ってすごく喜んでくれた。本当に幸せで、リラックスできた一日だったよ。だけど、この予定変更が思わぬトラブルを引き起こすことになってしまったんだ。翌日に予約してた飛行機が飛ばなかったり、他の便が遅れたりして、結局、ミラノにたどり着いたのは日曜日の午後。ミラノに着いた時の僕は、本当にクタクタだった。僕はインテルvsリヴォルノを見るためにサン・シーロに直行。試合は、5点という大量得点を奪ってインテルがリヴォルノを下した。試合後にはすぐにロッカールームに行ってチームメートをねぎらったよ。その後は、長旅の疲れが溜まっていたからすぐに自宅に戻った。本当に長い旅だったよ。
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