本誌記事 WebCALCiO 2002

ブラジル人はサッカーでは常に
“世界一”でなくてはならないのさ

アドリアーノ、W杯開幕への秒読みが始まった今の心境はどうだい?

アドリアーノ(以下A)― W杯に向けて緊張感が増したり、感情が高ぶったりしていてもおかしくないんだけど、実際はインテルのことに集中しているんだ。W杯のことを考えるには、まだちょっと早すぎるということさ。だからと言って、W杯のことを全く考えていないということじゃない。逆に、W杯のことを考えない日はないと言ったほうが正しいだろうね。

どんなことを考えるの?

A― それは場合によるな。ゲームのことを想像することもあるし、ピッチに上がる瞬間の緊張感なんかを思い浮かべることもあるし、大会前の合宿を想像することもあるよ。もちろん、W杯でゴールを決める自分をイメージしたりすることもある。逆に、ベンチで寂しげにゲームを見つめる自分の姿を想像することもあるんだけどね。

君がベンチからゲームを見つめるなんて可能性もあるのかい?

A― 僕は前回大会の優勝チームの一員なんだ。世界で最も強い国のメンバーの一人。僕がベンチ要員になる可能性はもちろんあるよ。そんなことを考えただけでぞっとするけどね。でも、仮にそうなったとしても仕方ないと思う。僕のような若者がブラジル代表としてドイツに向かうこと自体、すごいことなんだから。僕はまだ24歳。ドイツ大会でプレーできなくても、4年後のW杯でプレーするチャンスはまだまだあるはずだ。もちろんゲームに出たいとは思っているよ。ただ、世界最強チームの一員だということは事実だからね。

ブラジル国民の期待は大きいだろうね。

A― ものすごく大きいと思うな。そのことが問題になる可能性もある。国民の期待が僕らにとって大きなプレッシャーとなっているのさ。ブラジルでは、代表チームは絶対的なもの。セレソンがどんなサッカーをして、どんな成績を収めるか、それがブラジル国民の最大の関心事なんだ。今のチームは予選を通じて国民に大きな夢を与えたと思う。最高レベルの選手たちが最高のプレーを披露して予選を勝ち抜いた。当然、ブラジル国民は、ドイツでもスペクタクルなサッカーをした上で、勝利をモノにすると信じている。だから、僕ら選手たちはとてつもなく大きな責任感を背負っているんだ。

強豪と思われていたチームが負ける時のショックほど大きいものはないってこと?

アドリアーノ
激しい当たりにも動じない強靭なフィジカルと柔らかなボールコントロール技術を兼ね備えており、ゴール感覚も抜群。左足のパワーには絶対の自信を持っており、迫力あるシュートでゴールを量産する。7歳からフラメンゴの下部組織でプレーしていたアドリアーノがインテルに加入したのは01年夏のこと。当初は経験不足で出番を与えられなかったアドリアーノだが、マンチーニ監督率いるフィオレンティーナにレンタル移籍して頭角を現し、02年からプレーしたパルマでブレイク。この頃からブラジル代表にも定着し、現在はセレソンの主軸へと成長した。世界最高のFWの一人と評価されているが、まだ23歳。最近はチームプレーの面での向上が顕著である。

A― そう、高いところを飛べば飛ぶほど、落ちた時の衝撃は大きいものさ。

セレソンが負けた時のことで、何か覚えていることはあるかい?

A― あいまいな記憶しかないんだけど、90年のイタリア大会の時のことを覚えている。確か、準々決勝でアルゼンチンに負けたと思うんだけど、僕らにとってはW杯敗退と宿敵アルゼンチンに負けたという二重のショックだったんだ。逆に、94年のアメリカ大会には感動的な思い出がある。イタリアとの決勝はPK戦になった。あの時のPK戦は見ていられなかったよ。あれほど緊張しながらゲームを見たことはなかった。呼吸ができないほど緊張して、固唾を呑んでテレビを見つめていたよ。すごく緊張をした分、喜びもものすごく大きかった。ロベルト・バッジョが外した瞬間、喜びが爆発したよ。あの時、僕は12歳だった。道路に人が溢れて、みんなが大騒ぎしていたのを記憶している。花火が打ち上げられ、みんなが狂喜乱舞していたんだ。

82年のスペイン大会、君はまだ生まれたばかりだったよね?

A― まさに生まれたばかりの頃さ。でも、あの時のことは人から聞いて知っている。あの頃のブラジル代表は、今のブラジルに似ているのかもしれない。当時の代表にはブラジルサッカー史に名を残すようなスター選手が集まっていた。ジーコ、ファルカン、ソクラテス……すごい顔ぶれだったよね。でも、イタリアにやられてしまった。子供の頃の僕にとって、イタリアは悪役だったんだ。イタリアが憎かったよ。そのイタリアで今、サッカーをしているんだから、人生は分からないもんだよね(笑)。

50年のW杯の話は聞いたことがないかい?

A― ブラジル人でそのことを知らない人はいないよ。ブラジルでは、親が子供におとぎ話を聞かせるようなことはしない。おとぎ話の代わりにセレソンの話をするのさ。50年のW杯の話は親父から聞いたよ。もっとも、親父は、おじいちゃんからその話を聞いたんだけどね。決勝でウルグアイに敗れた時の話は、ブラジルではあまりにも有名だ。ウルグアイに負けた後、多くの人が自殺したなんていうのは考えられないことだけど、事実なんだからね。サッカーの勝敗だけで死を選ぶ人が出るなんて理解できないけど、ブラジルではそれほどサッカーが重要で、セレソンが大きな意味を持っている。ブラジル国民にとって、ウルグアイは負けるはずのない国だった。だからこそ負けた時のショックが大きかったんだ。あの時、ブラジル人は、「絶対に勝てるゲームなんて存在しない」ということを学んだはずだった。でも、ブラジル人がその教訓を生かすことはあり得ないんじゃないかな。ブラジル人はサッカーでは常に“世界一”でなくてはならないのさ。過去もそうだったし、これからもずっとそうなると思う。

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