本誌記事 WebCALCiO 2002

ミラン、そして、セレソンの一員として
数多くのタイトルを獲得したい

ドイツW杯を前にした今の気分はどうだい?

スコアレスドローに終わったユーヴェとの大一番ではブラジル代表のチームメート、エメルソンと対峙。 うまくいけば、彼らの再戦はチャンピオンズリーグ決勝ということになる

カカー(以下K)― 緊張感やプレッシャーは全くない。ミランでの試合の前に比べたら大違いだ。本大会はまだかなり先だから、今ひとつ緊張感に欠けているのかもね。それに、ブラジル代表は今年に入ってからまだ1試合しかしていないし、W杯のことを話すのはまだまだ早すぎるっていう感じがしないでもない。僕の予定だと、W杯への集中を高めていくのは5月17日以降になる。そう、チャンピオンズリーグの決勝を終えた後に、ブラジル代表のことを考えるつもりさ。それまではミランに集中したいんだ。

今シーズンのミランの攻撃陣はイタリア・ナンバーワンと言ってもいいだろう。もちろん、ヨーロッパでも最高ランクに入ると思うけど、君にとって、ロナウドやアドリアーノの背後と、シェフチェンコ、インザーギの背後でプレーするのとでは、どちらが力を発揮しやすいのかな?

K― 一緒にプレーした回数ということで言えば、圧倒的にミランの2トップのほうが多いし、馴染んでいる。連係プレーという点から言えば、当然、シェヴァやピッポとのほうが楽だよ。だからと言って、ロナウド、アドリアーノとのコンビネーションに問題があるわけじゃない。カンピオーネ同士がプレーするのであれば、コンビネーションは自然に生まれてくるものだからね。

02年の日韓大会で君は初めてのW杯出場を経験した。君にとって今度のドイツW杯はどんな大会になると思う?

K― 日韓W杯の時と比べると、はるかに密度の濃い大会になるはずだ。自分自身の役割も全く違うものになると思う。今回はレギュラーとして出場できるし、それにスケジュールから見ても慣れたパターンだと言える。02年の時、僕はまだブラジルでプレーしていて、そこからいきなり極東の地で試合をしなければならなかった。でも、今回は違う。ヨーロッパのサッカーにも慣れたし、ヨーロッパを舞台にした大会だから、僕にとってはホームグラウンドでの試合という感じなのさ。

ロナウドの話をしたいんだけどいいかな? 彼に関しては賛否両論が巻き起こっている。マドリッドの町はもはやロナウドを欲していないし、ロナウドのほうも、もはやマドリッドに残るつもりはないようだ。そんな中でインテルのオーナー、マッシモ・モラッティがロナウドの獲得に動いている。ロナウドもインテルに戻りたがっているようだが、インテリスタもロナウドを歓迎するつもりはないようだ。今シーズンのロナウドはレアル・マドリーで冴えないプレーの連続。ブラジル代表のパヘイラ監督にとっても、ロナウドの起用法が問題となっているようだ。君は今の彼をどう見ているんだい?

K― ロニーはブラジル代表のキープレーヤーだ。彼には早く100パーセントの状態に戻ってもらわないと困るよ。ロナウドにはカリスマ性がある。国際経験も豊富だし、W杯のような大舞台で決定的な仕事ができる選手なんだ。たぶん、僕らがドイツ入りする頃には、彼が今抱えている問題はすべて解決しているはずだよ。もちろん来シーズン、プレーするチームも決まっていると思う。気分的にもすっきりした状態でブラジルのW杯連覇達成に手を貸してくれるはずさ。

もしロナウドが来シーズン、ミランでプレーすることになったら?

K― その可能性もあるよね。そうなったら最高にうれしいよ。ミランにはすでに素晴らしいFWが多くいるけど、ロニーが加わればFW陣はより強力になる。僕にとってロナウドは特別な人なんだ。尊敬しているし、最高の友でもある。僕らの世代、そう、僕とかアドリアーノにとって、ロニーはあこがれの存在だったんだ。年齢差はわずか6歳なんだけどね。彼は若くしてヨーロッパに来て、若くして有名になった。だから、僕らが子供の時にはすでに“怪物”だったのさ。例えば94年、彼はすでにセレソンの一員としてW杯に参加している。その時、僕やアドリアーノはテレビでブラジル代表を応援していた。よくロナウドのプレーを真似して楽しんでいたものさ。

ところで、君は「自分がプロサッカー選手になる」と感じたのはいつ頃だったんだい?

ヒカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ
1982年4月22日、ブラジル生まれ。9歳でサンパウロの下部組織に加入し順調な成長を遂げるも、18歳の時に脊椎を損傷し長期のリハビリ生活を余儀なくされる。ピッチに戻ると、2001年にプロデビュー、翌年にはブラジル代表にも選出され、同年ワールドカップでは優勝メンバーに名を連ねた。03年にイタリアへと渡り、セリエAデビューを果たす。強靭なフィジカルと、華麗なボールコントロールを武器に、レベルの高いパフォーマンスを披露し、03−04シーズンのスクデット獲得に大きく貢献。名実ともにワールドクラスへと飛躍を遂げた。

K― 僕にとってサッカーは常に遊びだった。16、17歳の頃、初めて「自分はサッカーで飯を食っていく。やがてはブラジル選手権でプレーしたい」って思うようになった。でも、あくまでブラジルでプロサッカー選手になるくらいしか考えていなかった。まさかヨーロッパでプレーするようになるなんてね。ましてやミランなんて夢にも思わなかった。子供の頃からの自分を辿ってみると、何か映画を見ているようだ。まだ結果は分からないけど……すごく美しい映画だよ。

どんな結末になると思う?

K― この映画がなかなか終わらないよう願っている。長編になればいいな。それに、たくさんのエピソードも欲しいね。多くのエピソード……サッカー選手にとってのエピソードと言えばタイトルの獲得。ミラン、そして、セレソンの一員として数多くのタイトルを獲得したい。

そう言いながら、君は日韓W杯でいきなり優勝チームの一員となったし、ミランで初めてのシーズンにスクデットを獲得した。イスタンブールでは土壇場でチャンピオンズリーグ制覇を逃したけど、若くして多くのエピソードを作り上げているじゃないか。

K― そうだね。去年のチャンピオンズリーグは本当に惜しいことをした。でも、リベンジのチャンスはある。今年の5月にリベンジ達成なんてこともあり得るしね。

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