【パフォーマンス1 “良き例”】
タルデッリの“叫び”は二度とあり得ない歓喜だろう
良きパフォーマンスとは、要するに公園でサッカーに興じる子供たちが真似をしても構わないパフォーマンスのことである。 それは感情から生まれた素直なパフォーマンスなのかもしれないし、あらかじめ入念に準備されたパフォーマンスなのかもしれない。 あるいは、それは、その瞬間でしかあり得ない、二度と行えないようなものかもしれない。 例えば、82年W杯スペイン大会の決勝でイタリアの2点目のゴールを決めたタルデッリが、両手を広げて“叫び”ながら走ったという行為は、自然な行為であり、かつ、二度と行えないパフォーマンスであったはずだ。 あれ以上の歓喜の瞬間を見出せというのは無理な注文だろうからだ。

ゴールパフォーマンスについて語る時、真っ先に例に挙げたいのは、ゴールを決めるたびに宙返りを演じてみせたウーゴ・サンチェスとトマス・シュクラヴィだ。 彼らのアクロバティックな動きに感動を覚えたファンも多かったことだろう。 もっとも、これは子供が真似をしようとしても、そう簡単にはできない芸当である。 

オールドファンにとっては、外国人枠撤廃の年、つまり1980年にアヴェッリーノでプレーしたブラジル人、ジュアリーのゴールパフォーマンスも忘れられないことだろう。 ゴールを決めるや否や、コーナーフラッグに駆け寄り、その周りで腰を振りながら踊るジュアリー。 そう、ブラジル人はゴールパフォーマンスに関してもファンタジーアあふれる人種なのである。 ブラジル人と言えば、息子の誕生を祝うために“ゆりかご”を抱える仕草で喜びを表現したベベート、あるいは、ゴールを決めるたびにサンバを披露したカレーカなどを記憶している方も多いことだろう。 

“ガンマン・バティ”は役者顔負けのパフォーマンスだ
ゴールパフォーマンスの分野では、アルゼンチンも決してブラジルにひけを取らない。 例えば、バティの頭の中で常に用意されているのは、何らかのパフォーマンスなのだ。 彼は、そういうことを考えるのが好きな男だ。 96−97シーズン、サン・シーロで行われたイタリア・スーパーカップでゴールを決めたバティは、ラインのすぐ外側にあるTVカメラに駆け寄り、「イリーナ!愛しているよ!」と叫んだ。 また、その数カ月後には、自らのゴールと派手なゴールパフォーマンスで、カンプ・ノウの観客を沈黙させた。 バティが、アルテミオ・フランキでゴールを決めた時は、常にクルヴァ・フィエーゾレ(フィオレンティーナ用のクルヴァ)に近いコーナーまで駆け寄り、ハリウッドスターばりに“ポーズ”を決めた。 つまり、バティは生まれついての“役者”なのだ。 バティお得意のポーズ、“ガンマン・バティ”などは、役者顔負けのパフォーマンスだろう。 

もちろん、その後、舞台をローマに移してからも、バティの“役者”ぶりは相変わらずだ。 また、ローマは“チネチッタ”(映画都市)だけに、バティに負けず劣らずの役者がそろっている。 例えば、ヴィンチェンツォ・モンテッラ。 彼は、“AEROPLANINO”(小型飛行機)なるパフォーマンスを編み出し、ゴールのたびに翼を広げ“飛び回る”。 マルコ・デルヴェッキオにも、彼のオリジナル、“ブーイングはどうした?”パフォーマンスがある。 ミラノ生まれのデルヴェッキオは、結果を出さなければ、常にロマニスタの批判の対象となってしまう。 そこで、「ミラノ生まれのデルヴェッキオなんかいらない」というブーイングに対して彼が生み出したのが、クルヴァ・スッド(南クルヴァ、ロマニスタ用のクルヴァ)に向かって、手を耳に当てるジェスチャーだったのだ。 「昨日までのブーイングが聞こえないよ!」なるほど、彼なりのエスプリである。 

ローマと言えば、1983年にスクデットを手にした時のストライカーであり、“ストリップ”の元祖、ロベルト・プルッツォの存在を忘れてはならないだろう。 ゴールを決めた後に、シャツを脱いで喜びを表現する場面は、今でこそ頻繁に目にするが、これを生み出したのがプルッツォなのである。 そして、プルッツォの系譜を引き継いだのが、ラヴァネッリだ。 もっとも、ラヴァネッリの場合は、ルイス・エンリケ型、すなわち、シャツをめくり、それで顔を隠すというスタイルに近い。 ヴラオヴィッチも“シャツ脱ぎ派”の一員だ。 ピアチェンツァでプレーしていた頃、ユニフォームを脱いで警告を受けるのを危惧したヴラオヴィッチは、ユニフォームを2枚を身に付けていたというから、そのこだわりには恐れ入る。 

レコーバとモリエロの“靴磨き”は優れた寸劇の一つ
ユニフォームではなく、アクセサリーを用いて喜びを表現する選手も少なくない。 スペイン代表のラウールは、ゴールを決めるたびに指輪にキスをすることで有名だ。 最もおかしい例は、モリエロとレコーバが演じた寸劇だろう。 フリーキックを決めたレコーバに、モリエロが駆け寄り、その足もとにひざまずき、靴を磨く振りをするパフォーマンスだ。 寸劇と言えばジョアン・パウロとプロッティが、バーリ在籍時に世に残したのは、機知に富んだ“作品”だった。 得点が入った直後、2人は“TRENINO”(小型電車)の機関士に変身したのだ。 

印象的なパフォーマンスは数多くあるが、ゴールパフォーマンスのアカデミー賞となれば、満場一致でテネリーフェのマリオーニとそのチームメイトに授与されるはずだ。 マリオーニがゴールを決めると、チームメイトが靴を脱ぎ、それを耳元に持っていく。 「おい、マリオーニが決めたぞ」とでも言いたいのだろうか。 シューズが携帯電話に変わるという一幕、まさに、天才的アイディアと言えるだろう。 

“シューズが携帯電話に”は見事アカデミー賞を受賞!?

マルコ・シモーネもパフォーマンスの天才である。 今でこそ、“ピッチへのダイビング”は、多くの選手のモノになっているが、何を隠そう、創始者はシモーネなのである。 ピッチに胸を突き出して飛び込むパフォーマンスを彼が初めて行ったのが1994年。 だが、これには笑うに笑えない逸話がある。 ダイビングの技術が未熟だったのか、何と肩を脱臼し、それが原因でW杯出場を断念せざるを得なくなったのだ。 

“優雅部門”の最優秀賞は、何といってもマルセロ・サラスの“祈りのポーズ”であろう。 ゴールの後、片膝をつき、右手の人差し指で天を指し、目を地にやり祈るサラス。 まさに、マタドールが神になる一瞬だ。
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