VIERI
ヴィエリの左足なしに
インテルのスクデット
はあり得ない








RONALDO
ついにピッチ復帰を果たした
“怪物”ロナウド。
完全復活も間近か
インタビュー・文●ルイージ・ロニョーニ Interview and text by Luigi ROGNONI
写真●グエリン・スポルティーヴォ Photo by GUERIN SPORTIVO

エレーラ以上の確実性を誇る
クーペル・サッカー

エクトル・クーペルの采配、クリスティアン・ヴィエリの完全復活、ロナウドの復帰、組織力。以上の4点が、インテルを再発進させた原動力である。会長就任以来、7年間で総額1兆億リラ以上費やして、UEFAカップ1回しか獲得できなかったマッシモ・モラッティは、ついに路線変更に踏み切った。ネラッズーロを後押しした今シーズン前半戦の追い風が、最後まで吹き続けるという保証はない。チーム力には限界(何と言ってもDFが泣き所)があるし、ローマのように実績に裏打ちされた信頼性にも欠ける。しかし、今シーズンほど、敗戦の痛手にも揺らぐことない団結力を誇示しているシーズンはない。つまり、会長の軌道修正は、総括的に見て正解だったわけだ。2001年5月11日、ミラノ・ダービーにおける屈辱的大敗(0−6)を機に行われたフロントを含むチームの改造も、成功への分岐点になったと言えるだろう。どん底に達したインテルは、ビッグチームのベンチに座るには未熟すぎたマルコ・タルデッリに見切りをつけ、泥沼からはいあがるための計画に着手したのである。それは、かなりの時間を要するものと考えられていた。ところが、要所だけを押さえたシンプルな改革により、ネラッズーロはすぐさま上昇気流に乗ったのである。

新しい監督としてクーペルを抜擢した決断は、ここまでのところインテルに幸運を運んだと言える。クーペルは、能力とカリスマ性に関しては申し分のない優秀な監督の一人であることをイタリアでも証明したのだ。第一、ミラノという難しい環境下でも手腕を発揮したのだから異論はあるまい。彼の力でヨーロッパの大舞台へと躍進したマジョルカやバレンシアも元来はプロヴィンチャ・レベルのクラブだった。そんなチームからいきなりビッグ・クラブへやって来たにもかかわらず、すぐさま手腕を見せつけたのは大いに評価できることだ。インテルがバルセローナを蹴落として手に入れたこの新監督は、チームに規律を浸透させ、戦術を確立し、選手にプロとしてあるべき態度を徹底させ、グループとしてのまとまりをもたらしたのである。出身地(アルゼンチン)が同じで、インテルにたどり着くまでの経歴が似ていたことから、当初は彼をエレーニオ・エレーラに例える向きが強かった。エレーラは、60年代の半ば、マッシモの父親であるアンジェロ・モラッティに数々の栄光をもたらした名将で、2008年にクラブ創設100年を迎えるインテルのクラブ史に最も重要な足跡を残した人物である。しかし、いざ蓋を開けてみると、すぐに2人の違いは明白になった。“マーゴ”(魔術師)と呼ばれたエレーラと比べ、クーペルはスペクタクル性でかなり見劣りする。しかし、確実性では“先輩”を凌いでいるのである。4−4−2システムを掲げるクーペルのサッカーは、バランスと実践という意味では天下一品だ。サイドからの攻撃を好み、トップ下による華やかな展開は、よほどのことがなければ試そうとしない。つまり、アルバロ・レコーバよりステファヌ・ダルマを好むわけだ。チーム全体のバランスの良さ、FWもカバーリングの仕事を要求される全員守備、破壊力ある攻撃陣。この3点が、アルゼンチンのサンタ・フェ郊外にある農業地帯に生まれたクーペルの優先事項なのである。
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