マラドーナの時代から、セリエAは“天才たち”のメインスポンサーであった。だが、いつの日からか、セリエAは天才たちには住みにくい場所になってしまった。パッサー、ファンタジスタ、そして1.5列目、すなわち“ボールのアートディレクター”と言われる男たちにとって、カルチョで自らの働き場を見出すことが難しくなっているのが現状である。そうしたカルチョの方向性を変えるためにも、ダレッサンドロのような選手が重要視されているのだ。 “天才たち”の流出はジャンフランコ・ゾラの放出に始まったと言える。1996年の夏、パルマの監督アンチェロッティはゾラを不要と見なしベンチに置こうとした。ちょうど今、彼がルイ・コスタにしている、あるいは、しようとしていることによく似ている。戦力外と見なされたゾラはチェルシー行きを決意した。結果として、ゾラの選択は正しいものだった。彼はロンドンで最もシックなチェルシー地区で、イングランドサッカーの歴史の一部を書き換えることに成功したのだから。 ゾラの後を追うように、次々と“天才たち”がカルチョの世界を去っていった。母国イタリアでは出番に恵まれなかったディ・カーニオは、今やヨーロッパで最も観客を楽しませるプレーヤーに変身し、カルチョでは芽が出なかったパトリック・ヴィエラはアーセナルの“灯台”として世界有数のボランチにまで成長した。ユーヴェでは出番すら与えられなかったアンリなどは、今ではカルチョメルカートで最も評価されるFWになっている。こうした例を挙げればきりがない。
インテルでは邪魔者扱いされたベルカンプとカヌーはともに“ガナーズ”躍進の原動力になっている。そして忘れてはならないのが、ジネディーヌ・ジダン。世界一のトレクアルティスタは、スペインではサッカーの世界の枠を超えた“著名人”になっている。何と、マドリッドではジダンに捧げるためのろう製の見事な像を作っているとの話だ。それから、マルシオ・アモローゾも無視するわけにはいかないだろう。パルマでの不幸なシーズンを経験した後、彼はボルシア・ドルトムントで完全に再生した。クライファートしかり、ベロンしかり、ロベルト・カルロスしかり、みんなカルチョに身を置いた“天才たち”である。アリエル・オルテガの存在も忘れてはならないだろう。サンプドリアでもパルマでもロクな働きを見せなかったオルテガだが、今はダレッサンドロとともにリベルプレートの軸としてチームを牽引しているのだ。 ここまで名前を挙げれば、セリエAがいかに多くの宝石を失ったか理解していただけるだろう。多くの宝石を失ったカルチョは、今再び貴重な宝物を失おうとしている。今シーズンも“天才たち”は冷遇視されているのだ。ルイ・コスタ、レコーバ、ナカタ、カッサーノ……。多くの“天才たち”が満足な出番も与えられずに、ベンチから、あるいはスタンドからチームメイトのプレーを黙って見つめている。いや、黙っているわけではない。彼らは、はっきりとイタリア国外への移籍を口にしているのだ。
世界のファンタジスタと呼ばれるロベルト・バッジョやデル・ピエロにとってもカルチョは決して天国ではない。スペインに新天地を求めたジダンはイタリアサッカーをこう評している。「スペインサッカーのほうがイタリアサッカーよりも楽しいと思う。少なくともイタリアサッカーほど強迫観念はないしね」。強迫観念……確かにイタリアでは常に勝利を求める傾向が強いのは事実かもしれない。その点に関しては、ロナウドも同じ意見を持っている。 | |||||||||||||||||
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