ラツィオはいいチームさ。
望んでいたとおりのチームに仕上がった。
今シーズンはいい成績を残せると思う
今シーズン、ラツィオはチームの再建を君に託した。これはチームの命運を君に委ねたということになるけど、今はどんな気分なんだろう?

マンチーニ(以下) ―― 監督に就任して、すぐにラツィオの監督を務めることがどれほど大きな意味を持っているのか理解したよ。ファンの期待がひしひしと伝わってくるからね。責任重大だと思っている。でも、恐怖を抱いているわけではないよ。確かに、ネスタとクレスポが移籍したことはラツィオにとっては大きな痛手だ。それに、私自身もさみしく思っている。彼らは偉大なるカンピオーネである前に、大切な友人だったし、一緒にプレーした仲間だからね。ただ、彼らがいなくても、今シーズンのラツィオはいいチームだよ。望んでいたとおりのチームに仕上がった。今シーズンはいい成績を残せると思うな。

でも、ネスタとクレスポが残っていたら、すごいチームができていたよね?

 ―― 口には出さなかったけれど、心の底では、2人が残ってくれることを願っていたさ。もちろん、クラブが生き残るために2人を売らなければならないことはわかっていた。そればかりは仕方がない。ただ、君が言うとおり、2人が残留していれば今頃はスクデットに最も近いチームと予想されていただろうな。ダントツの優勝候補だったと思うよ。だから、2人が抜けた今、ラツィオは完全にノーマークになっている。実際は、かなり高いレベルに仕上がっているけどね。
ヴェンゲルのサッカーを理想としている。
ラツィオをアーセナルみたいな
チームにしたい
22年前、16歳でボローニャのピッチに初めて上がった時と、1年半前にフィオレンティーナの監督として初めてベンチに座った時を比べると、どちらが緊張した?

 ―― それはもちろん、選手としてデビューした時だよ。あれは確か、1980年のカリアリ戦だった。今でも、足がガクガク震えたのをはっきりと覚えているよ。人生の中で、足が思いどおりに動かなくなったのはあの時が初めてだったな。もちろん、監督としてデビューした時にも、違った意味で緊張していたよ。フィレンツェ中が大騒ぎしている上、テリムが解任された直後だったからね。ヴィオラのファンは私に冷たい視線を投げかけてきた。彼らにとって、私は“よそ者”だったからね。それにあの時、私には監督の資格がなかったんだ。だから、イタリア中の同業者(監督)が私を批判していたように思う。冷たい視線の中での初采配だったのさ。それに、前半を終えた時点では0−2で負けていたんだ。この時は私も焦ったよ。ホームでの初采配で負けたりなんかしたら、何を言われるかわからないからね。後半、選手たちが頑張ってくれて同点になった時は本当にホッとしたな。

フィレンツェでの監督生活は君にとって悲惨な結果になってしまったよね。
ファンからの恐喝、監督辞任、そしてチームのセリエB降格……
ヴィオラの監督を退いてからは、22年間のサッカー人生で初めての失業生活だっただろ? その間は何をしていたの?


 ―― イタリア国内を含めて、ヨーロッパ中を旅していたよ。サッカーを勉強し直そうと思ってね。他のチームがどんな練習をしているのか、他の監督がどんな指導をしているのか、この目で見ておきたかったんだ。選手としてチームに所属したり、監督に就任したりすると、自分のチーム以外の練習に接する機会がないからね。イタリア国内ではキエーヴォの練習を見に行った。デル・ネーリからいろんな話を聞いたよ。それにしても、人生とは不思議なものだ。あの時、デル・ネーリの下でプレーしていたマンフレディーニとコラーディが、今シーズンは私の下でプレーすることになるんだからね。キエーヴォの他にはボローニャに行って、グイドリンの指導法も研究してきたよ。

外国へは?

 ―― アムステルダムに行ったよ。クーマンがアヤックスの監督をしているから一度見ておきたかったんだ。クーマンは92年のチャンピオンズカップを我々(サンプドリア)から奪い獲った男だからね。どんな指導をしているのか興味があったんだ。選手からの信頼も厚いし、将来、最高の監督になると確信したよ。それから、イングランドにも行った。ラニエリが率いるチェルシーを見てきたよ。チェルシーは、親友のヴィアッリが監督を務めていたチームでもあるしね。それに、ヴェンゲルにも会っておきたかったからアーセナルの練習も見に行った。アーセン(ヴェンゲル)は私が最も尊敬する監督の一人さ。彼とはアネルカの獲得交渉の時に知り合ったんだけど、頭の良い人間だと感じたよ。私は彼のサッカーを理想としているんだ。私は、ラツィオをアーセナルみたいなチームにしたいと思っている。

アーセナルのサッカーのどこに魅力を感じているんだい?

 ―― スペクタクルなところだよ。アーセナルのサッカーを見ている観客が退屈することなんて絶対にないからね。攻守の展開が早くて、ハラハラドキドキの連続さ。そんなサッカーをスタディオ・オリンピコで見せたいと思っているよ。いつの日か、外国人監督に「マンチーニのスペクタクルなサッカーを見たいからローマに来た」なんて言わせてみたいね。

他の監督から学ぶことはあった?

 ―― 練習方法はどこのチームもほとんど同じだったよ。ただ、同じ練習、同じ戦術をくり返すにしても、監督によってアプローチの仕方が違うんだ。選手のモティベーションを高めるために、それぞれ自分なりの工夫をしているな、という印象を受けたね。

君自身はこれまで4−4−2でプレーしてきたし、君の師匠とも言えるエリクソンも4−4−2を採用している。
やっぱり君も、4−4−2が最高のシステムだと思っているのかな?


 ―― 少なくとも、4−4−2ならピッチ全体をカバーすることは可能だよ。ただ、サッカーに絶対的なシステムは存在しないと思う。フィオレンティーナの監督を務めていた頃は、ウイング(両サイドMF)を置かずに5バックを敷いたこともあったからね。

4−4−2全盛期の80年、90年代は、ファンタジスタの危機と叫ばれる時代となった。かつての君のような“10番タイプ”のプレーヤーにとっては、4−4−2はやりずらいシステムなのかな?

 ―― それは時と場合によるよ。その前に、一般的に誤解されていることがあるんだ。それは、ファンタジスタはチームプレーから逸脱している選手だという考え方さ。ファンタジスタはボールを足元に置いた時だけファンタジーアを発揮すると考えている人が多いだろう? 私は違うと思う。戦術の中で十分に機能して、チームに貢献する10番タイプの選手だっているはずなんだ。むしろ、チーム戦術をきちんとこなしながら、その中で“ひらめき”を発揮する選手をファンタジスタと呼ぶべきなんじゃないかな。だから、ボールを足元に置いた時にだけ才能を発揮するような選手ではダメなんだ。その点で言えば、今シーズンのフィオーレにはすごく期待している。今、彼を右サイドで試しているんだが、私の要求どおりのプレーを見せてくれているよ。よく走るし、サイドのポジションでもファンタジーアを発揮できるということを証明してくれている。ファンタジスタのポジションは、必ずしもトップ下だとは限らないんだ。
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