002年2月15日。それは、サンプドリアにとって“第2の誕生日”とも言うべき重要な日である。この日は、長きに渡りサンプドリアを支えてきたマントヴァーニ家がついにチームを手放し、イタリア屈指の石油会社『ERG』(エルグ)のオーナーであるリッカルド・ガローネがクラブの新会長に就任した日なのだ。

石油会社『ERG』のオーナー、リッカルド・ガローネ会長が就任したことにより、サンプドリアは生まれ変わった。ホーム全試合を観戦し、アウェーの試合にもほとんど帯同するほど、チームに情熱を注いでいる
 クラブ譲渡に至るまでの道のりは、単純ではなかった。ガローネが、サンプドリアへの出資を始めたのは2001年秋のこと。ただ、その時のガローネは、アラブの大富豪を巻き込みチームを再建しようとする計画の“保証人”に過ぎなかった。しかし、実際には、サンプに出資するアラブの富豪は存在しなかった。この再建計画の裏には、その後、検察からの調査を受けることになったアントニオ・パーネなる“怪しい”人物と、かつてサンプやアッズーリでMFとして活躍した代理人のベッペ・ドッセーナの影があった。この2人は、なんとかクラブ買収の話を実現させようとした。しかし、契約直前に、パーネの横領疑惑に関する記事が『ガッゼッタ・デッロ・スポルト』紙に掲載され、譲渡の話は一転、完全な“凍結”状態となった。その後、ガローネは、パーネとドッセーナを詐欺罪で訴えると同時に、チームの所有権を得るために、自ら『Weissberg』という新会社を設立。それ以後は、独自の力で手続きを進め、2月15日の調印の場へと漕ぎつけた。なお、パーネとドッセーナの容疑については、未だ検察が調査中である。

 ガローネには、かなり前から、「サンプを譲り受けないか」という打診があったようだ。しかし、ガローネは、「サッカーには興味がない」という理由で、その申し出を断り続けていた。彼はその情熱をゴルフと狩猟に注いでいたのである。また、63年にノルウェーでサケ釣りをしている最中に亡くなった父親のエドアルドが残した“訓戒”も頭に残っていたのだろう。エドアルドは、常々、息子リッカルドにこう言っていたそうだ。「新聞とサッカーチームだけは絶対に買うな!」。

 しかし、今年の1月23日に満67歳の誕生日を迎えたガローネは、自分がオーナーとなったこの1シーズンで、それまでに体験したことのない情熱につき動かされた。彼は、02−03シーズン、なんとホームで行われた全試合を観戦したのだ。仕事でどうしても行けない試合を除けば、アウェーゲームにもほとんど帯同したという。帯同中も、自分の存在を選手に感じさせるために、できる限り選手と行動をともにしたというから、その情熱には頭が下がる。ところで、今シーズン、ガローネは、自らにいくつかの“決まりごと”を課していた。それは、「現場には、決して干渉しない」、「一度選んだ人材を信頼する」というものである。要するに、彼はチームと行動をともにするが、現場の仕事に余計な口を挟まないということなのだ。

 ガローネは、かつてのサンプの副会長で現在は『ERG』の代表取締役の一人であるパオロ・ランツォーニのアドバイスに従い、ベッペ・マロッタをGMとしてフロントに迎え入れた。マロッタは、ヴェネツィアやアタランタなどで実績を残した敏腕マネージャー。ヴェネツィアにヒロシ・ナナミを連れてきたのも彼である。マロッタは、ビッグクラブとの豊富な“コネ”を活かし、ミランからマウリツィオ・ドミッツィ、アンドレア・ラービト(ともに共同保有)、ユーヴェから、U−21代表のアンドレア・ガスバローニ(共同保有)、マッティア・カッサーニ(レンタル)といった、将来性のある若手を次々に獲得した。こうしたマロッタの辣腕による選手の獲得が、02−03シーズンのサンプドリア躍進の最大の要因だったことは言うまでもない。第2の要因は、ヴァルテル・ノヴェッリーノを監督に招聘したことである。ノヴェッリーノは、過去5年間で3度のA昇格(ヴェネツィア、ナポリ、ピアチェンツァ)、2度のA残留(ヴェネツィア、ピアチェンツァ)を果たした監督である。開幕前、マロッタはこの隠れた名将に白羽の矢を立てたのだ。マロッタとノヴェッリーノは、ヴェネツィア時代に一緒に仕事をした、言わば“旧知の仲”だった。マロッタへの厚い信頼と、ガローネの“サンプ再建計画”の堅実な考え方が、ノヴェッリーノをして、迷わずセリエBでの采配を引き受けさせたのである。

 マロッタが、個人的な繋がりからノヴェッリーノを選択したように、ノヴェッリーノは過去に自らが育てた“教え子”を集めるようフロントに要請した。セルジョ・ヴォルピ、フランチェスコ・ペドーネ、ファビアン・ヴァルトリーナ、ステーファノ・サッケッティ、マッシモ・パガニン、サルヴァトーレ・ミチェーリ。いずれも、かつてノヴェッリーノが可愛がっていた“子飼い”の選手ばかりである。特に、ヴォルピ、ペドーネの2人のMFは、シーズンを通じて、非常に重要な働きをした。ヴォルピは自己最高となる8ゴールを記録。代表に招集されると噂されるほどの活躍でサンプを牽引した。結局、トラパットーニ監督からお呼びはかからなかったが、「Bの選手がアッズーリに」という可能性が議論されること自体、異例なことである。

ヴァルテル・ノヴェッリーノ監督の指示を受けるセルジョ・ヴォルピ。代表招集も噂されるほどの活躍を見せたヴォルピには、新シーズンも主力としての働きが期待されている

 もっとも、サンプドリアのセリエA復帰に貢献したのは、ノヴェッリーノ“子飼い”の選手ばかりではない。以前からサンプにいた選手も活躍した。例えば、DFのアレッサンドロ・グランドーニは間違いなくイタリアでも有数のセンターバックとして評価されるだろう。また、教え子以外の移籍選手の中にも決定的な役割を果たしたプレーヤーがいた。なかでも、チーム最多の16ゴールを挙げたFWのファビオ・バッザーニの名を挙げないわけにはいかない。彼は強靭なアタッカーであるだけでなく、チームの戦術に完璧に対応できる柔軟性を持ったFWだった。バッザーニの評価は急上昇しており、ユーヴェのスカウトで、かつてサンプのチームマネージャーを務めていたドメニコ・アルヌッツォや、ミランのGMアリエド・ブライダが、バッザーニに興味を示しているらしい。サンプとの契約は2005年まで残っており、バッザーニが今オフにジェノヴァを離れることはないだろうが、もし彼がセリエAでも高いレベルのプレーを披露できれば、ビッグクラブが放っておかないだろう。

ペルージャ時代、コズミ監督から「ヴィエリの次に優れているイタリア人FWだ」と評価されたファビオ・バッザーニ。パワフルな突破を武器に、チーム最多の16ゴールを挙げた
 今シーズン開幕前、サンプはバッザーニ獲得に500万ユーロ(約6億5000万円)の大金を投資した。ということは、バッザーニの活躍は計算済みだったとも言える。一方、予想外の活躍をしてくれたのがU−21代表のMFアンジェロ・パロンボだった。パロンボは、今シーズンはじめに、サンプがフィオレンティーナから移籍金ゼロで譲り受けた選手である。“防波堤”ヴォルピとともに、サンプの中盤を見事に統率したそのプレーには、すでに円熟さが感じられる。当然のことながら、パロンボには、セリエAの各チームから熱い視線が注がれている。彼が、1年後の2004年カルチョメルカートの目玉の一人になることは、おそらく間違いないだろう。現時点ではミランが、パロンボ獲りの“ポールポジション”につけている。

 明確なアイデアと豊富な経済力。この2つが、ガローネのサンプを形作っている重要な要素である。会長就任直後、ガローネはすぐに“セリエA昇格”という目標を打ち立て、それを達成した。新シーズンの目標は、A残留ということになるのだろうが、サンプフロントは密かに、ヨーロッパ・カップ戦への出場権獲得を視野に入れ始めているようである。

 サンプを、「我々によって癒された狂気のバレリーナ」と呼んだガローネは、4月29日、40年に渡って務めてきた『ERG』の社長の座を、息子のエドアルドに譲った。これで彼は、サンプドリアのために働く時間を増やしたというわけだ。現在のガローネの頭の中は、自ら産み落とした新しいサンプをどのように育て上げていこうかという考えで一杯になっているはずである。
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