ルイス・スアレス
1935年5月2日ラ・コルーニャ生まれ
60年バルセローナでバロン・ドール受賞後、インテルに移籍。“グランデ・インテル”の10番として9シーズンプレーし、3度のスクデット獲得に貢献。通算256試合出場、42ゴール。

 インテル史上最高の10番との呼び声が高い、ルイス・スアレスの意見はどうだろう。

 「今までの10番に対する見方、考え方を覆したのがバッジョだね。そういう意味では、すでに歴史を作ったと言っても構わないだろう。私がプレーしていた頃の背番号10は、ほとんどがレジスタだったんだ。アタッカーが10番を身につけるようになったのはペレあたりからだね。その後、バッジョのようにチャンスを演出し、しかも自らゴールを決めることのできる選手が10番を身につけるようになったんだ。彼はまさに現代の背番号10の理想形だよ。サッカー史全体の10番の中で、バッジョは何番目くらいかだって? 難しい質問だな。まず、ペレ、ディ・ステーファノ、マラドーナの3人は、肩を並べられる選手などいないくらい別格だろう。その後に、リヴェーラをはじめ数人の選手が続くけど、その次あたりだろうね。バッジョは、多くのプレーをいとも簡単にやってのけるけど、実際は相当難しいプレーもしているよ」

エヴァリスト・ベッカロッシ
1956年5月12日ブレッシャ生まれ
70年後半から80年代初頭までのインテルの背番号10。79−80シーズンには、27試合で7ゴールを挙げ、インテルの12回目のスクデット獲得に大きく貢献した。

 80年代のインテルの“王様”、エヴァリスト・ベッカロッシは、“カルドーニョのカンピオーネ”(カルドーニョはバッジョの生まれ故郷)をどう見ているのだろうか。ベッカロッシもまた、そのタレント性で富と名声を手に入れた10番だった。

 「本当に彼のプレーは衰えを感じさせないね。彼の周りだけ時間が止まっているのかと思ってしまうほどだよ。ただ、36歳という年齢を考えると、彼のキャリアもあと数年だろう。彼のプレーが見られなくなると思うと寂しいね。後継者を見つけようと思っても、バッジョほど素晴らしいプレーをする選手を見つけるのは容易なことではない。個人的には、アタランタのピナルディが好きだが、似たタイプということなら、やはりローマのカッサーノかな。そうそう、94年アメリカW杯でのバッジョは本当にすごかった。あの大会で彼が見せた能力は、明らかに他の選手とは違うものだったからね。個人の能力がいかに大事かを痛感させられたな。バッジョはイタリアサッカー史の中で、最も優れた10番の一人だろう。現役でもトッティ、デル・ピエロと並ぶ最高の10番と言っていい」

ジュゼッペ・ジャンニーニ
1964年8月20日ローマ生まれ
17歳でセリエAデビュー後、現役時代の大半をローマで過ごした元祖“ローマのプリンス”。代表では47試合に出場、6ゴールを挙げている。

 90年代初頭のアッズーリの背番号10と言えば、ジュゼッペ・ジャンニーニである。現在『RAI International』の解説者を務めるジャンニーニは、昨シーズンのバッジョを注意深く見守ってきた。

 「昨シーズンの中盤までのロビーは、我々にそれほどのインパクトを与えていなかった。ところが、それ以降の彼は、まさに“才能の爆発”とでも言うべき活躍ぶりだったね。特にアタランタ戦(第27節)でのプレーは素晴らしかったよ。私は、ロビーのシンプルなプレースタイルが大好きなんだ。確かに運動量は少ないが、たった一本のパスで試合を決めることのできる数少ない選手だからね。ロビーは少なくともアントニョーニクラスだと思うし、リヴェーラに匹敵するだけのカンピオーネだと思うよ。面白いのは、イタリアには10年ごとに偉大な10番が出てくることだ。リヴェーラ、アントニョーニ、ジャンニーニ、バッジョ、そしてトッティとね」

3 / 4