文●アレッサンドロ・アンドレイーニ text by Alessandro ANDREINI
写真●マウリツィオ・ボルサーリ photo by Maurizio BORSARI
再生……いや、再発見と言ったほうが適切かもしれない。エンリコ・キエーザはかつての姿を取り戻した。マンチーニの脇で22ゴールを叩き出したサンプドリア時代の自分を取り戻したのだ。

キエーザはパルマでの3シーズン、エルナン・クレスポとのコンビでその高い得点能力を示した。パルマ初年度が14ゴール、2年目が10ゴール、そして、3年目が9ゴールと、着々とゴール数を積み重ねてきた。そして、パルマでの3年間が終了した時点で、アモローゾ加入の犠牲となり、エミーリアのファンに惜しまれつつパルマを去ることになったのである。キエーザのサッカー人生はそれまでは順調そのものだった。しかし、彼はフィレンツェで暗い森に迷ってしまった。プレーへの情熱とガッツを持ち続けていたにもかかわらず、ケガと周囲の誤解により、彼の存在価値は希薄なものになってしまったのだ。

今から1年前、「キエーザはヴィオラではチームに噛み合わない」、「トラップがキエーザにチームプレーを要求しすぎるのだ」といった説がフィレンツェの町に飛び交っていた。トラップとキエーザの間に深い溝が存在していたのかどうかは本人たちに聞いてみなくてはわからないことである。ただ、少なくとも、キエーザがトラップの下ではプレー機会を十分には与えられなかったことは事実だろう。トラップ率いるヴィオラでのキエーザは、18試合に出場、シーズン3ゴールという、彼にとってはあまりにも屈辱的な記録に終わってしまったのだから。

そして、今シーズン、ヴィオラのサポーターがチームの不振を嘆き始めた、まさにその時、キエーザは復活を果たした。スタートダッシュで大きくつまずいたフィオレンティーナが、大きな上昇気運に乗った時、そこにキエーザがいたのである。キエーザの爆発とともに、フィオレンティーナの躍進が始まったと言ってもいいだろう。テリム監督が彼にチャンスを与えたその日から、彼は異常なペースでゴールを量産し出したのだ。彼が記録した9ゴールによってチームも一時は3位まで順位を上げたのである。

いったい、彼に何が起こったのか? シーズン当初の控え要員からレギュラーポジション獲得に至るまでの間に何があり、テリム監督の懐疑心をいかにして取り除くことができたのか? 彼の口からその回答を聞く前に、まずはキエーザの昨シーズンを振り返っておきたい。キエーザにとって、1999−2000の1年間は、自分のキャリアから取り払ってしまいたいものに違いない。彼はフィレンツェの町への同化に苦しんだ。ケガにも悩まされた。そしてそれ以上に、トラップの描いたシステムがキエーザにとって不都合だったのかもしれない。トラップはキエーザにウイングとして機能することを求めた。慣れないポジションで、中盤に下がって守備を強いられたキエーザが、彼本来の力を発揮できる場所であるエリア内でプレーすることはほとんどなかったのである。彼は焦っていた。イラついていた。フィジカルコンディションだけでなく、メンタルコンディションも最悪になっていた。

だが、ついに、エンリコ・キエーザは“刺激”と“意欲”を取り戻した。自分自身でプレーを楽しむと同時に、観客をも堪能させている。彼自身、心の中に新たな目標が生まれていることも感じているのだ。
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