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涯のチーム”ラツィオでは99−00シーズンに見事スクデットを獲得。2002年に加入したミランでは、ラツィオ時代には夢物語に過ぎなかったチャンピオンズリーグ制覇を果たした。残された使命はアッズーリのビッグタイトル獲得だけである。アッズーリでの戴冠こそが、多くの評論家から「世界最高のDF」と称される男の最後の野望なのである。アレッサンドロ・ネスタ自身もその思いを隠そうとはしない。ネスタは語る。「僕らは、4年前、オランダで欧州王者の座にあと一歩のところまで迫った。ポルトガルではもう一度、あのタイトルに挑戦したいね。今の代表は、一試合ごとに力をつけてきているから、EURO2004で優勝することは無理な話じゃないと思うよ」。

 こう意気込むネスタだが、実はこれまでの彼にはアッズーリでの良い記憶があまりない。EURO2000では負傷のため満足いくプレーができなかった。負傷に苦しんだという点では2002年W杯も変わらない。この大会での最後の試合になった韓国戦には出場さえできなかった。

 もっとも、その2002年W杯後、彼にとって最も大きな転機が訪れた。ラツィオからミランへの移籍である。ネスタはこう振り返る。「まさかラツィオを離れることになるなんて考えもしていなかった。ローマで生まれ、ラツィアーレとして育った僕にとって、ビアンコチェレステ以外のユニフォームに袖を通すことなんてあり得ないと思っていたんだ。でも、運命の女神が僕がローマを離れることを望んだのさ。移籍の理由? 今さら議論しても無意味だよ。もうこれからはチームを変える気はない。そう、ラツィオ、ミラン、代表、その3つだけが僕の生涯のチームだと思っている。10年間ラツィオでプレーしてきたけど、今後の10年間はミランでプレーしたい。引退するのはその後にしたい。そう思っているんだ」。

 ネスタがアッズーリで長い間一緒にプレーしていたのはパオロ・マルディーニだった。しかし、すでに代表からの引退を表明しているため、パオロがEURO2004本大会に出場する可能性は限りなく低い。ネスタにかかる責任はこれまでの大会以上に大きくなるだろう。ネスタにとっての救いは、ミランではマルディーニのプレーを間近で見続けていられることだ。「彼は、本当にすごいジョカトーレなんだ! パオロは、技術的にまだまだ代表でもやれる選手だけど……。おそらく、今でも、僕らの誰よりも彼は代表にふさわしい選手なんじゃないかな。なぜなら、パオロは少なくとも1試合に1度は必ず決定的な仕事をしてくれるからね。それに、いつも僕ら全員に適格なアドバイスをくれるんだ。彼は、窮地に陥った時に、どうやって克服するかを熟知している。ミランがチャンピオンズリーグを獲得し、現在も多くのタイトルに向かって進んで行けるのは、彼の豊富な経験があるからだと思っているよ」。

 経験豊富なマルディーニの穴を埋めるべく、EURO2004本大会を控えたネスタ自身は今まで以上の責任感を感じているようだ。「パオロは、カリスマ性、タレント性、人間性、そのすべてにおいて、世界最高の選手さ。その彼がアッズーリにいないんだから、当然、状況は厳しくなる。ただ、彼の代表引退の意志は、尊重されるべきだよ。くり返すけど、彼がやめると決めた限り、無理に彼の手を引っ張るべきじゃない。そっとしておいてあげるべきだと思うんだ。あとは、僕らがピッチの上で、彼の不在を感じさせないようなプレーをするしかないよ」。
 ところで、ローマ出身の恋人がいるネスタにとって、ミラノでの生活はどんなものなのだろう?「確かに生活環境は変わった。でも、喜んでその変化を受け入れたよ。ミラノという場所もすごく気に入っている。もっとも、ローマは自分が生まれ育った町だからね。北とは気候も違うし、人々もオープンなんだ。サッカー以外のことについては、ローマでもミラノでもあまり変わらないと思うよ。ただ、サッカー選手としての名声を高めたいのなら話は別さ。ミラノでプレーしたほうが間違いなく有利だろうね」。

 この発言を聞く限り、今のネスタがミランで充実したサッカー人生を送っていることがわかる。10年前、わずか17歳の若さでセリエAデビューを果たし、3月19日には28歳になるネスタは、サッカー人生で最も充実した時期を迎えているのだ。
  文●ジャンニ・ヴィズナーディ
Text by Gianni VISNADI
写真●マウリツィオ・ボルサーリ
Photo by Maurizio BORSARI