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バロン・ドールとは対照的に、2003年度のFIFA世界最優秀選手の投票では、ネドヴェドは、ジダン、アンリ、ロナウドに次ぐ4位の得票に終わっている。5位以下は、ロベルト・カルロス、ルート・ファン・ニステルローイ、デイヴィッド・ベッカム、ラウール・ゴンサーレスが名を連ねた。他のセリエA勢では9位にマルディーニ、10位にシェフチェンコが入っただけ。ブッフォンに至ってはオリヴァー・カーンよりも下位にランクされた。これには、ファビオ・カペッロも半ば呆れ顔で「あり得ない、絶対にあり得ないことだ」と嘆いている。世界の評価がヨーロッパの評価とはかなりかけ離れているとでも言いたかったのだろう。 各代表監督の評価の曖昧さはジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾの獲得票数にも表れている。投票権を持った142人の代表チーム監督の中には、バロン・ドールでは50人のノミネートにすら入らなかったガットゥーゾに票を投じた者がいたのである(英国領のタークス&ケイコス諸島の監督が3位に投票した)。これだけでも驚きだが、逆にフランチェスコ・トッティやクリスティアン・ヴィエリに投票した代表監督は一人もいなかった。これはまさに異常としか言えない状況である。 結局のところ、国別の大会を通じてしか世界は選手を評価できないということだろう。セリエAでいかに卓越したプレーを示そうが、チャンピオンズリーグでいかに力強いプレーを披露しようが、世界にアピールするには至らないのだ。2004年度バロン・ドールの最右翼と言われているのはトッティだが、残念ながら彼が所属するローマはチャンピオンズリーグには駒を進めていない。彼がバロン・ドールに選出されるためには、リーグ戦での圧倒的な成績、あるいはEURO2004でアッズーリを優勝に導く活躍が最低条件となるはずだ。 ジダンがFIFA世界最優秀選手に選ばれたことに異議を唱える者はいないだろう。もちろん、ジダンがこの一年、世界を舞台に常に主役を演じていたとも言いきれない。だが同時に、彼の才能とプレースタイルが現在のサッカーを象徴しているのは否定し難い事実なのだ。結局、FIFA最優秀選手は“無難な選手”を選択したということだろう。それを証明するように、ベスト10にレアル・マドリーの選手を5名も選出している。実質的なプレー内容よりも名前が優先されるのがFIFA最優秀選手の特徴なのである。 FIFA世界最優秀選手に輝いたジダンは“技のユーヴェ”を象徴する選手だった。一方、バロン・ドールが選出したネドヴェドは現在の“体のユーヴェ”を象徴する選手である。ユヴェントス内の“技から体への移行”は実にスムーズに行われた。しかし、できれば2人がともにプレーするところを見たかったと思う者は少なくないはずだ。 いずれにせよ、2003年の表彰台にはそれなりの選手が出揃った。簡潔に言えば、各国の代表監督は絵画(技=ジダン)を、ヨーロッパのジャーナリストは彫刻(体=ネドヴェド)を選出した形となった。風格のマルディーニ、ゴールを量産するアンリ、健闘するものの毎回ゴールテープは切れないラウール。選に漏れた男たちのドラマは尽きない。世界には偉大なる選手が多いのである。そう、「ご馳走が豊富にあると、いくら食べても満腹にはならないこともある」という喩えのように。 |
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