00-01シーズン
フィオレンティーナ
[4-4-1-1]
ラツィオでは4-4-2を好んで使っているが、当時のマンチーニは1トップを採用。このシステムでコッパイタリアを制した
 
03-04シーズン
パルマ
[4-2-3-1]
アドリアーノ放出後もジラルディーノの急成長により1トップが機能。中田英寿が右サイドで起用されたことは記憶に新しい
 
03-04シーズン
ブレッシャ
[4-4-1-1]
マッツォーネとバッジョの師弟コンビが作り上げたスタイルを、今シーズンから指揮を執るデ・ビアージも踏襲している

セリエAのカルチョメルカートで最も評価の高い監督、ラツィオのマンチーニは4−4−2を用いる監督として広く知られている(今シーズンは、4−3−3にも興味を示しているようだが)。 その人気監督マンチーニは、これまでの監督経験の中で1度だけタイトルを手にしたことがある。 それは00−01シーズン、フィオレンティーナを率いて戦ったコッパイタリアである。 4−4−2を売りにしているマンチーニが、あの時は1トップで戦っていたということを知る人はそう多くないだろう。 そう、あの時のフィオレンティーナの最前線には、キエーザ1人がいただけなのである。 キエーザの1トップ、ルイ・コスタのトップ下という布陣でマンチーニのヴィオラはコッパイタリアを制したのだった。

パルマのプランデッリ監督は、試行錯誤の末に1トップを採り入れ、財政危機のために主力放出を余儀なくされているパルマをチャンピオンズリーグ出場を狙えるポジションに踏みとどまらせている。 プランデッリももともとは4−4−2を信奉していた監督だ。 昨シーズンは、途中で4−3−3も試みたが、今シーズンは自分の古巣、ユヴェントスのスタイルを模倣して4−2−3−1という画期的な布陣をパルマに取り入れた。 アドリアーノという人材に恵まれたこともあったが、アドリアーノをインテルに放出した今は大きく飛躍したジラルディーノの存在がある。 彼らのおかげで、プランデッリの1トップは機能したのである。

昨シーズンのS・バルディーニ、今シーズン前半のD・バルディーニ、さらに現在のペロッティに至るまで、エンポリは一貫して4−2−3−1で戦っている。 1トップこそ、セリエA残留のための切り札と見なしているのである。

セカンドアタッカーの要素を多く持つトレクアルティスタを背後に据えた1トップ・システムをセリエA残留の切り札と見なしているチームもある。 その典型がブレッシャだ。 デ・ビアージ監督は、モーデナを率いていた頃は3トップを信奉していた監督だが、ブレッシャではマッツォーネ監督とR・バッジョの師弟コンビが編み出したシステムを踏襲した。 センターフォワード1人を最前線に、その背後にセカンドアタッカー・タイプのR・バッジョを据えるという戦い方である。

マッツォーネはボローニャの監督になってからも1トップを採用している。 前任者のグイドリンの影響もあり、1トップに2人のトップ下、いや、単なるパッサーではなくセカンドアタッカーの性質を持つ2人のトップ下を起用している。

2 / 4