ペルージャにとって、6月20日の夜は、なんともつらい夜になってしまった。その夜、ペルージャは実に6年ぶりにセリエBという名の悪夢の中に放り込まれてしまったのだ。03−04シーズン、ペルージャは、セリエA残留という目標のため、ありとあらゆる“抵抗”を試みた。カンピオナートでは、最後の3節でユヴェントスやローマを破る3連勝を見せ、モーデナとエンポリを抜き去り、プレーオフへの切符を手にした。だが、6月20日の夜、すべての努力が無に帰してしまったのである。

6月16日、ペルージャで行われたプレーオフ第1戦。キックオフから間もない10分、ペルージャはゴール前でフリーになったエンリコ・ファンティーニに先制ゴールを奪われてしまう。ティフォージの声援に後押しされ、選手たちは必死に反撃を試みたが、フィオレンティーナの守備陣を崩すことができない。そして、マルコ・ディ・ロレートの決定的なヘディングシュートがGKクリスティアン・レジェスに阻まれると、その後は沈黙してしまい、そのままホームで痛い敗戦(0−1)を喫してしまった。

試合後、すぐにルチアーノ・ガウッチ会長の“火山”が爆発した。ガウッチ会長は、「もし、プレーオフに敗れたら、今シーズンのメンバーを全員チームから追放する」と脅しをかけたのだ。そして、チームはそのまま強制合宿に入った。

第2戦までの4日間、ペルージャの選手は、精一杯練習に打ち込みながら、逆転への執念を高めていった。その思いは、グリフォーニ(ペルージャのティフォージ)も同様だった。ホームでの不甲斐ない敗戦に、「もうフィレンツェには行かない」と、当初、応援のストライキを宣言していたのだが、直前に翻意して、アウェー戦当日には3000人のグリフォーニがフィレンツェへと乗り込んだ。

セルセ・コズミ監督も、「フィレンツェでは、違う姿を見せてくれるはずだ。ホームでの敗戦という屈辱を払拭してくれると信じているよ」と、逆転での残留に手応えを得たかのようなコメントをした。その一方で、選手には、クラブ側から完全な報道管制が敷かれていたため、彼らの言葉を直接聞くことはできなかった。ただ、その4日間で、選手たちは落ちつきを取り戻したはずだった。直前練習での彼らの表情には、「キックオフから飛ばすしかない!」という気迫がみなぎっていたからである。

第1戦では、審判の不可解な判定に泣かされた。ペルージャ側にPKが与えられてもおかしくないような場面があったのである。しかし、試合が近づくにつれ、不利なジャッジに対する不安も解消されていった。第2戦の審判は、セリエAではコッリーナ氏に次いで優秀だと言われているロセッティ氏が務めることになったのである。「第1戦のようなことはあり得ない」。決戦前日のペルージャを支配していたのは、そんな“楽観論”だった。

ところが、フィレンツェでの90分間で、そうした彼らの希望的観測は見事なまでに打ち砕かれた。奇跡の逆転を狙い敵地に乗り込んだ彼らを待っていたのは、底知れぬ絶望だったのである。フィレンツェのスタディオ・アルテミオ・フランキで行われた第2戦、ペルージャはまたしても相手に先制を許す。しかし57分、フィオレンティーナのファンティーニが退場となって、数的優位に立った。ペルージャは、ここから反撃を開始する。だが、82分に1点を返したものの、追加点を奪うことができず、敵地での第2戦は1−1の引き分けに終わってしまった。

グリフォーニの期待は裏切られた。ロセッティ主審も、決して彼らを“擁護”してはくれなかった。この試合でも、第1戦と同様に、ペルージャにPKが与えられてもおかしくない微妙なシーンがあったのだ。かくして、カルチョのページはめくられた。そう、ペルージャの97−98シーズン以来のセリエB降格が決定したのである。

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