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勘、ひらめき、判断能力、粘り強さ、適性、プラスアルファとして、ほんの少しの“ツキ”。これが、スカウトとして成功するための条件である。数千、数万の若者の中からプロとして通用する資質を見出すため、または、他の数千のスカウトが“未熟”と見なした一人の選手にとてつもない潜在能力を見出すためには、以上の条件をクリアしておきたい。 かなり昔の話になるが、シルヴィオ・ベルルスコーニがアリゴ・サッキの後継者としてファビオ・カペッロを指名した時、経験豊富な監督カルロ・マッツォーネはその人事にこう異議を申し立てた。「カペッロみたいな新米にミランの監督が務まるわけがない。彼はカンピオーネたちに媚びることしかできないだろうからな」。今となっては、すべてが笑い話だ。 今では、カペッロの監督としての能力を見出した男として、ベルルスコーニとユヴェントスのGMルチアーノ・モッジが、高い評価を受けている。あくまでも予想だが、カペッロの監督としての能力を最初に発見したのはモッジだったのではないか。モッジはカペッロとの関係を次のように語っている。「ファビオとはユーヴェにいた時からの仲間だ(カペッロは選手、モッジはユヴェントスのアッローディ監督とボニペルティ会長の忠実なスカウトだった)。私がトリノのGMをしていた時、カペッロはミランでプリマヴェーラの監督をしていたのだが、私はあの時点で、すでに彼をトップでも通用する有能な監督だと見ていた」。
ベルルスコーニは当時からカペッロに“スポーツ・マネージャー”の資質があると見ていたようだ。イタリア人初の“イングランド式の監督”、すなわち、GMとしての権限も有した監督になれる資質があると見なしていたのである。実際、現在のカペッロは選手の獲得、放出にかなりの発言権を有している。そうした意味では、イングランド式のマネージャー(監督)にかなり近づいたと言えるだろう。 現在、イタリア代表監督のマルチェッロ・リッピを85年の夏、監督として最初に登用したのは、当時、セリエC2にいたポンテデーラのネルソ・リッチ(シエナのGMを務めたこともある人物)だった。リッチは当時を振り返ってこう語っている。「リッピは4−4−2を敷いていた。今でもあの時のスタメンを全員記憶しているよ」。 選手の資質や将来性は12歳にもなればわかると言われている。リッピ体制後、代表に招集されたカリアリのマウロ・エスポージトがナポリのピエル・パオロ・マリーノに発掘されたのは、エスポージトが12歳の時。もっとも、アッズーリの一員になるまでに成長したエスポージトの願いは、マリーノGMの下、“セリエAのナポリ”でプレーすることである。 |
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