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俺の193cmという身長は
バスケットに
向いているだって? |
私は君を良く知っている。だから、親愛の念を込めて“君”という表現を使わせていただきたい。私は、あの日のことを昨日のことのようによく覚えている。9年前のことだよ。ローマのフレミング地区、広くて明るいアパートだった。ベッペ・マテラッツィが冗談交じりに君のことを私に紹介したんだよ。
「これが、息子のマルコだよ。まだ成人になったばかりなんだ。将来はいっぱしのサッカー選手になりたいんだってよ。今は、トール・ディ・クイントに面倒見てもらっているがね。こいつの体を見てみろよ。サッカーをやったって時間の無駄だ、と言ってあげてくれよ……」
それを聞いた君は、軽くウインクしながら、「またかよ」という調子でこう言ったよね。「俺はバスケットなんかやらないからね」
父親のベッペは心地好さそうに笑いを浮かべていたっけ。
私は君がペルージャで、セリエBで戦っていた頃のことも覚えている。“ジラッフォーネ”(大きなキリンの意味)と呼ばれていた君が、チームリーダーとしてペルージャを率いていた頃のことを……。君はしばしばエリア周辺からのFKを相手ゴールに突き刺していた。そう、君がやがて“大物”になると感じさせたのはまさにその頃であった。
「この前のブレッシャ戦で、壁を巻くようなFKを試みたんだ。ほんのわずか外れてしまったけど、またトライするつもりさ。見ててよ。今シーズン中にはきっと決めるから。そして、もし成功したら、イエローカードをもらうこと覚悟で、照明塔の一番上まで登るつもりさ(笑)」
彼は有言実行の男だ。そんな馬鹿げたことだってしかねない。彼は本当に感じのいい“クレイジーマン”なのだ。
父親は心の底ではマルコの潜在能力を高く評価していた。しかし、息子の精神的負担を避けるため、その本心をマルコに伝えようとはしなかった。
「俺の193cmという身長はバスケットに向いているだって? 親父がベーネヴェントの監督をやっていた頃、あまりに言うんでバスケットにトライしたんだけど、俺には向かないと思ったよ。俺は生まれた時からずっとサッカーの空気を吸って生きているんだ。わかるだろう?
親父がバーリの監督をやっていた頃は、いつもボールを2つ小脇に抱え、スタジアムに行ったもんだよ。レガリーア(バーリのGM)は『ボールのほうが大きいじゃないか』と、俺をからかっていたっけ。今でもその頃の写真を持っているよ。確かにボールのほうが大きいよ。友だちが学校のことを考えていた頃、俺の夢はサン・シーロでデビューすることだったんだ。バーリが俺のサッカー人生のきっかけだった。コルソ・カヴールの待ち合わせ(朝練)に遅れないように、毎朝6時に起きていたなぁ。マタレーゼの所有するバーリと提携していたバリオンというチームに所属していたんだ。ただ、12歳になっていなかったのでゲームには出られなかったよ。だから、お願いしてラインズマンをやらせてもらっていたんだ。ピッチの空気を感じていたかったから」
監督の息子は選手として大成しない、と言われるが、マテラッツィ家の場合は違った。
「俺は幸運にも理解のある親父を持った。いや、親父が忙しすぎたから良かったのかもしれない。多くの場合、監督を職業とする人間にとって、その息子は“未来のマラドーナ”に見えがちなものさ。その結果、子供を駄目にしてしまう」
とマルコは言う。
彼は元来ユーモアあふれる人間であるが、この時のマルコはえらく真剣であった。 |