本誌記事 WebCALCiO 2002

91年の夏、ジョヴァンニ・トラパットーニは、かつて、黄金時代を築いたユヴェントスの監督の座に戻った。 トラップ2度目のユーヴェ政権下で、彼が秘蔵っ子とした選手は2人。 ディレッタンティから抜擢してユーヴェに加えたDF、モレーノ・トリチェッリと、戦術に忠実な“ソルダティーノ”(二等兵を意味するイタリア語)、MFのアンジェロ・ディ・リーヴィオである。 トラップは、後に、フィオレンティーナの監督に就任した時、まずトリチェッリを、そして、翌年はディ・リーヴィオをフィレンツェに呼び寄せている。 トラップのディ・リーヴィオへの信頼は非常に厚く、アッズーリを指揮して2002年W杯に臨んだ時、彼はディ・リーヴィオをメンバーに加えている。

90年代のセリエAを代表する監督はマルチェッロ・リッピとファビオ・カペッロである。 リッピが好んで使った選手の代表格はチーロ・フェラーラだろう。 94年の夏、ナポリの監督だったリッピがユーヴェの監督に就任した際、リッピはフェラーラをナポリから呼び寄せた。 パオロ・モンテーロもリッピのお気に入りの選手の一人。 アタランタでリッピの下でプレーしたモンテーロは、96年の夏、リッピに呼ばれてユーヴェに加わり現在に至っている。 さて、リッピの秘蔵っ子ナンバーワンと言うべき選手は、マリオ・アンサルディだ。 87−88シーズン、リッピがセリエC2のピストイエーゼを率いていた時の選手で、その後、セリエC1のカラレーゼ、セリエAのチェゼーナ、さらに、ナポリでの2年間、リッピがユーヴェに移るまでずっと、リッピの下でプレーした。

ファビオ・カペッロの秘蔵っ子として真っ先に浮かぶのはクリスティアン・パヌッチだ。 カペッロの下、ミランで2年間プレーした後、レアル・マドリーでもプレーし、さらに、カペッロの下、ローマで3年間プレー。 今夏、カペッロはユーヴェに去った。 果たして、冬のメルカートでパヌッチは再び、カペッロを追うのだろうか……。

アルベルト・ザッケローニとオリヴァー・ビアホフは、数多くの勝利を生み出してきたコンビだ。 サイド攻撃を身上とするザックの3−4−3で、高さを武器にゴールを決めることも周囲を活かすこともできるビアホフは不可欠な存在だった。 ウディネーゼで、ザックはプロヴィンチャの革命を成功させ、ビアホフはセリエA得点王のタイトルを手にした。 そして、2人は揃ってミランに移り、98−99シーズンにスクデットを獲得している。


ザッケローニの提唱する3−4−3でトップを務めたのがビアホフである。97−98シーズン、ザッケローニ率いるウディネーゼは3位に躍進し、ビアホフは27得点でセリエA得点王に輝いた。シーズン終了後、“プロヴィンチャの奇跡”を実現させた2人は揃ってミランへステップアップ。翌シーズンにはミランに3年ぶりのスクデットをもたらしている

ジジ・シモーニとフランチェスコ・コロンネーゼの絆はすでに10年来のもの。 92年夏からの2シーズン、コロンネーゼはシモーニの下、クレモネーゼでプレーし、さらに、ナポリ、インテルでもともに働いた。 そして今シーズンにはシエナで再会を果たしている。 コロンネーゼの長いキャリアの中で、彼が活躍しているのは恩師シモーニの下でプレーした時だけと言っていいほどだ。

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