本誌記事 WebCALCiO 2002

アンドレア・ピルロはミランに不可欠な選手である。だが、代表では常にその存在価値が疑問視される選手でもある。トラパットーニ時代には、ピルロに当てはまるポジションがないとの理由で出場機会が限られた。そして、監督がリッピになった現在もその状況は変わっていない。5月には27歳となるピルロはもう若手ではない。こと代表に関する限り、彼に落ち着いた日々は存在しないのだ。

ピルロは生まれついてのトレクアルティスタである。U−21代表では10番としてプレーした。彼のファンタジーアは、当時のU−21監督、マルコ・タルデッリを魅了したものだった。

ピルロは、アンチェロッティ率いるミランで、ポジションや物事の考え方、さらに、彼自身のプレーのリズムを変えた。ミランに来る以前のピルロも良い選手だったが、ネラッズーロのユニフォームを着た彼のプレーに落胆を覚えていたインテル関係者は、今のピルロを見て悔しい思いをしているはずだ。ミランに移籍して、ピルロはまさにチームリーダーへと成長したのである。

ミランの環境に身を置いたピルロは、自らの立場を明確に理解した。中盤に多くのカンピオーネを擁するチームで、トレクアルティスタ以外のポジションでも自らを生かす方法はあると気づいた彼は、アンチェロッティにこう頼んだ。「ミステル、中盤のセンターで僕を試してください!」

アンチェロッティは選手の言葉に耳を貸す監督である。彼は、ピルロの希望を聞き入れた。そして、ピルロにチームの命運を賭ける決意をしたのだ。アンチェロッティとピルロの賭けは成功した。ピルロは中盤の底で、セリエA最強軍団をピッチ上で操る選手となったのだ。ミランのクラブオフィスでは、「ピルロ抜きのミランは考えられない」という声が多い。ミラネッロでも同様だ。アンチェロッティは、ピルロがミランの生命線であることを全面的に認めている。


だが、ユニフォームが変わると、事情は全く変わってしまうようだ。ロッソネーロのユニフォームを着る限りは最重要視されるピルロも、ユニフォームがマーリア・アッズーラに変わった途端、微妙なポジションに置かれてしまうのである。

ピルロは、U−21代表の一員としてヨーロッパチャンピオンに輝いている。五輪にも2度参加し(シドニーとアテネ)、アテネでは銅メダルを手にしている。アッズリーニの一員としては輝かしい実績を残したピルロだが、ことアッズーリとなると話は別だ。

アッズーリでのピルロはここまでレギュラーポジションを奪えずにいる。これまで誰もが彼の能力を評価してきた。しかし、トラパットーニもリッピもピルロを重用せず、他の選手を起用してきたのである。

トラパットーニの下では、4−2−3−1というシステムがピルロにとってネックになった。中盤のダイヤモンドの底に位置して創造性あるプレーを見せるピルロは、ダブルボランチとして相手のプレーをつぶす役割に専念するタイプのMFではない。EURO2004の初戦、トラップは、シモーネ・ペロッタとクリスティアーノ・ザネッティのダブルボランチをピッチに送り出した。続く2試合にはピルロが起用されたが、トラップがレジスタ(プレーメーカー)としてのピルロを必要としていなかったという事実は否定できない。

そして、監督がリッピに代わった今でも、状況はさほど変わっていない。リッピはピルロの能力を評価している。ピルロを常に招集しているし、彼のモチベーションを高めるような発言をしている。だが、実際にメンバーを組む時、彼はローマの若きレジスタ、ダニエレ・デ・ロッシを選択するのだ。ジラルディーノとデ・ロッシが新生アッズーリの象徴となっているのは、ピルロにとって不幸な状況と言うべきだろうか。ピルロは常にリッピの構想にある。だが、あくまで、デ・ロッシの控えに過ぎないのだ。

そのような状況が、ピルロのパフォーマンスにも影響しているようだ。ミランでのピルロは、常に正確なプレーとファンタジーアを披露している。だが、マーリア・アッズーラを身につけた時、安定感のないプレーが時として見られることも否定できない。守りに入った時の“気が抜けたようなプレー”に、リッピは首を傾げざるを得ないのである。


ピルロはマーリア・アッズーラに固執する選手である。昨年のアテネ五輪で、ジェンティーレ監督はオーバーエイジ枠でピルロをチームに加えた。アンチェロッティは、開幕を控えた貴重な準備期間にピルロを欠くのはミランにとって大きなマイナス要因だと、ピルロのアテネ行きに反対の意向を示した。だが、ピルロはアンチェロッティの反対を押し切ってアテネに向かったのだ。アテネで、レジスタとしてプレーさせてもらえる保証はなかったが、彼にとってポジションは問題ではなかった。マーリア・アッズーラを身につけて、五輪を戦うことが重要だったのである。彼は敬愛するマーリア・アッズーラを身につけて、最大の褒美とは言えないまでも、銅メダルという褒美を手に入れた。

ピルロの次なる目標は、W杯欧州予選を勝ち抜くこと、そして、ドイツでの本大会でイタリア代表のレギュラーとしてプレーすることである。リッピが代表監督としての命運を賭けるデ・ロッシがいる限り、その夢の実現は難しいと言わざるを得ない。ライバルはデ・ロッシだけではない。ボランチとしてすでにアッズーリでの市民権を持つジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾ、マヌエレ・ブラージ、ペロッタなど、競争相手は多いのである。ミランではピルロの控えに甘んじているマッシモ・アンブロジーニでさえ、代表ではピルロと同等の評価を得ているのだ。それだけではない。リッピ監督は、カンピオナートで好調なパフォーマンスを示す若手選手に代表のドアを広く開けている。シモーネ・バローネ(パレルモ)、ジャンピエロ・ピンツィ(ウディネーゼ)などもピルロのライバルとして浮上する可能性もあるのだ。実際に、バローネはすでに代表デビューを果たしている。

ピルロのドイツへの道は険しいと言わざるを得ない。果たして、ピルロは熾烈なポジション争いを勝ち抜くことができるのだろうか……。親善試合を含め、すべてのアッズーリの試合を注目して見ていく必要があるだろう。

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