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![]() それはまさに一目惚れだった。ヴィオラのユニフォームを着てプレーするキエッリーニを見たマルチェッロ・リッピ代表監督は、ただちに彼を代表に加えることを決断したのである。キエッリーニはクラウディオ・ジェンティーレ率いるU−21代表でプレーした選手。アテネ五輪でもチームの主力として活躍し、イタリアの銅メダル獲得に大きく貢献した。 キエッリーニにとって、2004年の夏は大きな転機となった。故郷のクラブ、リヴォルノの一員として念願のセリエA昇格を果たした後、ユヴェントスへの突然の移籍が決まる。五輪に向けた代表合宿を控えた数日間、彼はビアンコネーロの新加入選手としてユーヴェの練習に加わった。アテネ五輪ではアッズリーニの銅メダル獲得に貢献。ところが、ユーヴェに戻ったキエッリーニに伝えられたのはフィオレンティーナへの移籍だった。ユーヴェは彼の所有権の50パーセントをヴィオラに譲渡したのである。結局、彼はヴィオラの一員として自身初となるセリエA開幕を迎えた。 セリエBでプレーしていたリヴォルノ時代から、キエッリーニの潜在能力は高く評価されていた。イタリアサッカー界の重鎮、サンドロ・マッツォーラも彼に注目していた一人である。キエッリーニがセリエAデビューを果たす前から、「この若者は、近いうちにA代表でプレーすることになるだろう」と語っていたのだ。 そのマッツォーラの予言は見事的中した。2004年11月17日、メッシーナで行われたフィンランドとの親善試合で、キエッリーニはA代表に初招集されたのだ。このゲームは、予定されていた中国遠征が中止となり、カンピオナートで頭角を現しつつある若手選手をテストしたいというリッピの意向により、急きょ設定された親善試合だった。この日のアッズーリは、あくまでテスト用の“サブチーム”だったが、リッピはキエッリーニに特別な期待をかけた。 実は、この試合の左サイドにはメッシーナのアレッサンドロ・パリージも招集されていた。メッシーナの本拠地、サン・フィリッポでのゲームだけに、多くの地元ファンがパリージの晴れ姿を観るためにスタジアムに足を運んでいたのだ。しかし、観客のブーイングを承知で、リッピはキエッリーニをスタメン起用したのである。 キエッリーニは、左サイドバックとして前半の45分間をプレーした。彼のパフォーマンスはリッピの期待を裏切らなかった。守備においても、攻撃に転じた際のビルドアップにおいても、彼は完璧とも言えるプレーを披露したのである。後半、地元ファンへの配慮と、新しい戦力をチェックするため、パリージにチャンスが与えられた。ただ、キエッリーニの前半、パリージの後半を比較すると、そのパフォーマンスには明らかな差があった。試合終了後、リッピはキエッリーニのプレーを高く評価するコメントを残している。キエッリーニはたった1回のテストマッチで、左サイドバックのベテランであるジュゼッペ・ファヴァッリやジュゼッペ・パンカロを凌ぐ能力を持つことを証明してみせたのである。 「アッズーリの未来はキエッリーニにある」とリッピは公言した。慎重派のリッピが、これほどまでに一人の選手を称賛することは珍しい。それだけ、キエッリーニの潜在能力を評価しているということだ。 ![]()
リッピのキエッリーニへの信頼感は日増しに高まっている。3月26日に予定されているW杯予選のスコットランド戦では、スタメン出場も有望視されているのだ。この試合では、左サイドのレギュラーであるジャンルーカ・ザンブロッタが累積で出場停止となっており、リッピはすでにキエッリーニを起用することを決断したものと思われる。この重要な試合は、キエッリーニが昨年の夏から彼自身が示してきた飛躍の集大成とも言うべきプレーを披露する場となる。 ただ、現在のキエッリーニは、あくまで、左サイドバックの控えのポジションを狙う立場である。ザンブロッタのバックアップとして招集を勝ち取るための最大のライバルは、ファヴァッリ、パンカロが衰えを見せている今、パリージに絞られた。パリージは相手ゴール前での決定力という点ではキエッリーニを上回る。昨シーズン、セリエBのメッシーナで14ゴールを記録した得点力はDFとしては特筆すべきもの。ただ、攻守のバランスという点ではキエッリーニが圧倒的に優れている。さらに、戦術的柔軟性はキエッリーニにとって大きな利点だ。4バックの左サイドバックだけでなく、3バックの時には左サイドMFとしてもプレーできる。オーバーラップした時に見せるサイドからの崩しも強力だし、守りに入った時のプレッシング、カバーリングにも長けているキエッリーニは、左サイドバックとしてはすべての資質を備えた選手だ。監督が好んで使いたくなる選手であることは間違いない。 もちろん、リッピがキエッリーニに大きな期待をかけていることも確かだ。この数カ月、リッピはしばしばアルテミオ・フランキのスタンドに顔を見せている。大きなケガをしない限り、2月9日にカリアリで行われるロシアとの親善試合(スコットランド戦に向けたテストマッチ)で、キエッリーニがスタメン出場するだろう。ザンブロッタが招集される可能性もあるが、スコットランド戦を睨んだ最終テストで、本番に出場できない選手を起用するとは考えにくい。キエッリーニとしては、ザンブロッタ不在の間に、自分の能力がアッズーリでも通用するとアピールしたいところだ。 ところで、最近、リッピはキエッリーニとザンブロッタを同時に起用する可能性も示唆している。キエッリーニがこのまま順調に成長するのであれば、キエッリーニを左サイドバックに据え、ザンブロッタをかつての彼のポジション、現在はマウロ・ヘルマン・カモラネーシが陣取る右サイドMFのポジションに戻す案もリッピは検討しているようなのだ。 ![]() 1984年8月14日生まれのキエッリーニは、ずっとリヴォルノでプレーしてきた。セリエC1で2年間、セリエBで2年間、昨シーズンはワルテル・マッツァーリ監督の下、41試合に出場(4ゴールを記録)、リヴォルノのセリエA昇格に大きく貢献したのである。当初、彼はリヴォルノとローマの共同保有の選手だった。そこに巧みに入り込んだのがユーヴェである。ユーヴェはリヴォルノが持っていた所有権を買い取ると、ローマが持っていた所有権も自分たちに有利な形で譲り受け、ビアンコネーロの選手としての契約を取りつけたのだ。その後、当面は彼に多くの出場機会を与えられないと判断したフロントは、彼にセリエAでの経験を積ませるべきだと考えた。こうして、キエッリーニは共同保有の形でフィオレンティーナでプレーすることになった。 キエッリーニの意志ははっきりしている。「ユーヴェでプレーすることには興味がある。ただ、ザンブロッタの控えとしてベンチ要員となるのは嫌だ」というものだ。代表の一員として存在を確立しつつある今、自らのキャリアにとって重要な時期をベンチで過ごすことは考えられないのだろう。 現在、ユーヴェとフィオレンティーナには共同保有の選手が3人いる。目下のところ、エンゾ・マレスカとファブリツィオ・ミッコリは今後もフィレンツェに残りそうな雰囲気だ。キエッリーニに関しては、いずれユーヴェに戻る可能性が高い。問題はその時期だ。今シーズン終了後か、2006年のW杯ドイツ大会終了後になるのか……。いずれにしても、今年3月に予定されている両クラブのトップ会談で結論が導かれるはずである。 キエッリーニは、イタリアサッカー界の救世主として天から舞い降りた若者なのかもしれない。フィレンツェの町は彼を“養子”として迎え入れた。ユーヴェは宝物をそのままヴィオラに奪われるのではないかと不安を抱きながらも、彼が戻ることを心待ちにしている。そして、リッピは彼を“次世代のカンピオーネ”として寵愛している。 20歳のキエッリーニは、今、すべてがうまく進んでいると感じているだろう。ただ、彼が注意すべきなのは、今のペースを失わないことだ。 つまり、エネルギーをうまく配分しながら長いシーズンを乗り切ることが重要なのだ。セリエAの戦いは心身を著しく消耗させる。特に、キエッリーニのように初めてセリエAを経験する若者にとっては、今後シーズン後半戦に入っていくにつれ、想像以上の消耗を強いられるかもしれない。キエッリーニには強い意志がある。セリエAでやっていけるだけの身体的強さもテクニックもある。一度モノにした代表でのチャンスを簡単に失うとは思えないが……くれぐれも、コンディション管理には注意してもらいたいものだ。 |
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