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![]() 2002−03シーズン開幕前、レッジーナには明確な目標があった。当時、レアル・マドリーが獲得に興味を示していたシュンスケ・ナカムラを獲得することである。それが、パスクアーレ・フォーティ会長以下、レッジーナ首脳陣の大きな願いであった。 彼らは、まずヨコハマ・マリノスとレアル・マドリーの交渉を注意深く見守った。そして、レアルの優先交渉権が切れたところで、フォーティ会長自身が日本へ渡り、一気に契約を成立させてしまったのである。それは、まさに“電光石火の早業”だった。契約内容は、6カ月のレンタル移籍、その後、完全移籍もあるというオプションつきである。 レッジーナのナカムラ獲得は、フォーティ会長はじめ、チーム首脳陣が“戦う集団”を作り出そうとする決意の表れだった。1998−99シーズンにセリエAに昇格し、わずか2シーズンで降格してしまった過去の失敗を繰り返さないために、セリエAへ長期残留できるチームを目指したのだ。レッジョ・カラーブリアの町は、東洋のファンタジスタ獲得のニュースに、異様といえるほどの盛り上がりを見せていた。 ナカムラを獲得する以前のフォーティ会長は、将来性はあるが未完成の若手選手を獲得し、失敗を続けていた。アンドレア・ピルロ(現ミラン)、マッシモ・マラッツィーナ(現トリノ)、ロベルト・バローニオ(現キエーヴォ)、モハメド・カロン(現モナコ)……今でこそ目を奪われるほどの活躍を披露しているが、レッジーナでは期待どおりの活躍ができなかった選手ばかりだった。確かに彼らは将来性に恵まれた選手だった。しかし、即戦力となるカンピオーネではなかった。ナカムラはレッジーナが獲得した、初めての完成されたカンピオーネである。
もちろん、フォーティ会長が、若手選手ばかりを獲得せざるを得なかったのには事情がある。当時のレッジーナに、偉大なカンピオーネを獲得できるほどの資金力がなかったのだ。現在、イタリアサッカー界が直面しているクラブの経営難を考えるなら、ナカムラ獲得以前にフォーティ会長が取った行動は妥当だっただろう。つまり、フォーティ会長がナカムラを獲得したことは、今までのアマラントの歴史にはなかった大事件だったのだ。それに、ナカムラに期待されていたのは、ピッチ上だけの効果ではない。マーチャンダイジングによる経済効果は、レッジーナのようなプロヴィンチャーレにとって、重要な収入源として期待されて然るべきものなのだ。フォーティ会長の言葉を借りるなら、ナカムラは「レッジーナというチームに新たな地平線をもたらした男」なのである。 ナカムラの獲得後、レッジーナは次々と有力選手と契約を結び、チーム強化を進めた。レンタルでエミリアーノ・ボナッツォーリとアイモ・ステーファノ・ディアナ。完全移籍でジャンルーカ・ファルシーニ、ステーファノ・トリージの計4人をパルマから獲得。02−03シーズンが終了すると、チームの飛躍のためには、ボナッツォーリのようなポストプレーヤーの存在が必要不可欠と考え、翌シーズンから、彼の保有権の半分を買い取った。ともあれ、ナカムラ獲得後、フォーティ会長以下、レッジーナの首脳陣が、チーム補強に本腰を入れ始めたことは確かな事実なのである。
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